最強の国防力は国民の意思の強さこそが「抑止力」である事を共通認識できる国家である。

他国の軍隊を国内に駐留させて守ってもらうことを「抑止力」と考えるのではなく、国民の意思の強さこそが「抑止力」である事を共通認識できる国家である。

フーテン老人世直し録(178) より転載

神無月某日

第三次安倍改造内閣が始動した。ほとんど代わり映えのしない布陣で論評する意欲を湧かせない。むしろ注目させない所に狙いがあるのではないかと思わせるほどである。

「一億総活躍」とか「アベノミクス第二ステージ」とかのキャッチフレーズだけを国民に印象付け、具体的に何をやっているかを見えなくして国民の期待感をつなぐ。それが来年の参議院選挙に向けた安倍政権の戦略であるかのようだ。これは政治家の思考というよりPR会社が考えそうな思考である。

そうした中、安倍側近の中では唯一「出来る政治家」とフーテンが認めてきた加藤勝信前総理補佐官が新設の一億総活躍担当大臣に就任した。就任の記者会見を聞く限り、何をやるのか本人も分かっていない状態で、すべてはこれから決めていくという。

看板政策にしては頼りない話だが、加藤氏が財務省出身の政治家である事を考えると、これは加藤氏の背後の財務省を意識した人事ではないかと思えてくる。これまで安倍政権と対立してきた財務省に「一億総活躍社会」の知恵を出させ協力させる狙いをフーテンは感ずるのである。

安倍政権と財務省の最大の攻防戦は昨年末の「消費増税先送り」だった。安倍総理は「増税先送り」を争点に掲げて解散・総選挙を行い、選挙に勝利する事で財務省のシナリオを拒否した。財務省は増税先送りを飲む代わりに「景気条項」を削除し、再来年4月には景気がどうであっても消費税を10%に引き上げることを確約させた。

ところがアベノミクスによってこれから日本の景気が上向くかには疑問がある。国内のメディアは政権に都合の良い部分だけを報道するが、国際社会は日本経済の先行きに楽観的でない。そこで安倍総理の周辺は消費税10%引き上げを再度延期しなければ政権は持たないと考える。

再び「消費増税延期」を争点に選挙を行えば、国民の目を増税回避にくぎ付けにし、国民の頭から「安保法強行採決」の記憶を消し去るという計算が働く。それが次の選挙を有利にするための戦略である。

つまり「アベノミクス第二ステージ」を、国民向けには「GDP600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロ」と夢のような話で盛り上げるが、その裏側で財務省を抑え込み再度消費税先延ばしを図らなければ「アベノミクス第二ステージ」を実現させることはありえない。だからこの構想に財務省を引き込むのである。

一方で消費増税の再度の先延ばしは、日本国家の中枢を担ってきた財務省のシナリオを根底から狂わせる。昨年末の解散・総選挙と同じ事を二度もやられてはたまらない。国民的支持を減らした安倍政権が弱体である内に消費税10%を実現させて使い捨てにする事を財務省は考える。

今回の人事はその攻防戦の始まりを思わせるのである。加藤氏は財務省と安倍総理との間で難しい課題に取り組まなければならなくなった。そこがこの人事にフーテンが注目する最大のポイントである。

すると内閣改造と時を同じくして野田毅自民党税調会長の秘書が覚せい剤事件で逮捕される事件が起きた。野田氏も財務省OBで財務省が頼りにしてきた政治家である。事件を理由に野田氏が税調会長を辞任するようなことになれば財務省には大きな痛手となる。無論、逮捕を意図的だと判断する訳ではないが、しかし政治の世界であるからその可能性がゼロであるとも言い難い。

次に目につくのは森元総理の子飼いの政治家、馳浩文科大臣が誕生した事である。これで森元総理は東京オリンピックの利権を前よりもがっちり抑え込む事が可能になった。下村前文科大臣も森元総理の派閥に属していたが、馳氏はプロレスラーの時に森自民党幹事長から政界入りを勧められ、森氏の応援で当選した子飼い中の子飼いである。

留任した遠藤オリンピック担当大臣も派閥は違うが森氏と同じ文教族で、森氏と同じラガーマンの経歴を持つ。新国立競技場の問題で第三者の検証委員会は、全く森氏から事情聴取しなかったが、森氏の存在が最大の問題だと指摘する声も数多くある。しかしこの人事を見る限り、森元総理は安倍総理の権力をバックにこれからも不可侵の存在であり続ける。



最後にメディアの報道の中に、細田派所属の閣僚が2人から4人に増えたのに対し、岸田派が5人から1人になった事に注目する記事がある。その理由として会長である岸田外務大臣が派閥の研修会で「9条改正を当面は行わない事を派閥の方針にする」考えを示したことに安倍総理が激怒したという解説まである。

このような報道を見るとフーテンは憲法9条に対する理解が日本国内ではバラバラの状態になっていて、収拾がつかないために国論は二分され、不毛な論争と政治的対立を生み出している気がする。憲法擁護派は憲法改正を絶対に認めないと言い、改正派は護憲派を左翼イデオロギーとして排斥する。

フーテンは55年体制末期の日本政治とその後の政治改革、日本を仮想敵として日本経剤の解体を議論した米議会、ソ連崩壊により一国で世界を支配するための米国の制度変更、冷戦後に備えた米国の対日戦略の変更などを取材してきた。

その結果、至った結論は「憲法9条を守れ」ではなく、憲法9条1項は残すが2項は削除し、自衛隊を専守防衛の軍隊にすると同時に、国連の指揮の下で国際貢献に力を入れる国家の創出である。他国の軍隊を国内に駐留させて守ってもらうことを「抑止力」と考えるのではなく、国民の意思の強さこそが「抑止力」である事を共通認識できる国家である。平和は他国の軍隊に守られる事でもなければ憲法に守られることでもない。自力で創り出していくものだ。

そうした考えから言えば安倍政権の「安保法制」は真逆の方向であり、岸田派の憲法論にもはなはだ違和感を感ずる。戦後日本の欺瞞的な安全保障政策は冷戦下の特殊な状況から生まれたもので、冷戦の終了と共に変更しなければならなかった。ところが冷戦が終わって四半世紀を経ても、日本は冷戦時代のままの議論を繰り返している。そこからどう脱却するか。フーテンの考えを今後折に触れて開陳しご批判を仰ぐつもりでいる
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