“トロツキーの幻想”を追い続けるアメリカ・ネオコン

現在アメリカの政治に多大な影響をあてえているネオコンについての考察
阿修羅掲示板より転載

“トロツキーの幻想”を追い続けるアメリカ・ネオコン
 ネオコンの存在がやっかいなのは、たんなる石油メジャーや軍事産業の利益代弁者ではないことだ。彼らの根底には世界を変革しようという“理想主義”が流れている。そして、アフガン、イラクの“反テロ戦争”の背景には、かつてのトロツキー「永続革命論」の臭いさえもが……。

ネオコンの源流はトロツキズム

 ネオコン(ネオ・コンサバティブ=新保守主義派)がこれまでのアメリカの政治集団の中でも特異なのは、利害調整型の政治を超越したそのイデオロギー性と戦略性にあるとされる。これまでのアメリカは民主党であれ共和党であれ、多様な利益集団の利害を調整することで、国家の戦略や政策が決まっていた。

 ところが、ネオコンはそうした利害調整型の政治とは異なり、独自の政治集団、思想集団として、自らの目的を貫徹しようとすることに特徴がある。ネオコンは今は共和党と協力しているが、民主党に近かった時代もあった。ネオコンにとっては、自らの目的を達成できるなら、共和党であれ民主党であれかわまない。

 米国の民主主義は歴史的世界的な使命を担っており、世界に関与すべきだ、というのがネオコンの考え方である。代表的人物は、ウルフォウィッツ国防副長官、ファイス国防次官、ボルトン国務次官、リビー副大統領首席補佐官、エイブラムス国家安全保障会議(NSC)中東担当、パール前国防政策委員長、ウルジー元中央情報局(CIA)長官、クリストル「ウィークリー・スタンダード」誌編集長らである。チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官らはネオコンではない。彼らは軍需産業や石油資本と結びついた単なるタカ派政治家である。ネオコンにとっては、チェイニーやラムズフェルドは都合のよいスポンサーなのである。

 ネオコンの出自がトロツキストであることが最近よく議論されている。「ブッシュを戦争に駆り立てているネオコンの思想的背景には、トロツキズムの世界同時革命論がある」と姜尚中・東大教授は述べている。キャスターの鳥越俊太郎も似たような発言を行っている。

 ネオコン=トロツキスト論の象徴とされているのが、ウィリアム・クリストルである。クリストルはネオコンのシンクタンクPNAC(新しいアメリカの世紀プロジェクト)の議長をつとめ、ネオコンの中でも核心的なイデオローグの一人である。彼は学生時代に、第四インターナショナル系のトロツキスト組織SWP(社会主義労働者党)の青年組織であるYSA(青年社会主義者同盟)のメンバーだったと、自ら『トロツキストの思い出』という著書の中で語っている。

 もっとも、学生時代に彼がトロツキスト党に所属していたことがあったとしても、ネオコン=トロツキストとするにはいささか無理がある。姜尚中教授のように、ネオコン=トロツキズム=世界同時革命と断ずるのは極端すぎるだろう。ちなみに第四インターは世界同時革命を唱えたことはない。世界同時革命を主張したのは日本の旧ブント、赤軍派である。政治学者は言葉を厳密に使わなければならない。ブント、赤軍派も源流を辿ればトロツキストだったと言えなくもないが、やはり無理がある。

 左翼活動家が思想転向し、右翼の闘士になった例は古今東西、山ほど見受けられる。ムッソリーニはイタリア社会党の活動家であった。日本でも戦前・戦後を通じて、同様の例は数え切れない。田中清玄しかり、清水幾太郎しかり、現在では西部邁しかりだ。今の改憲派自民党政治家の中にも学生時代に左翼運動をしていた者もいるだろう。ネオコン=トロツキストなどと言われれば、第四インターの活動家にとっては噴飯ものに違いない。

ボリシェビズムがアメリカで復活

 それでも人間の思考や発想というものはなかなか変えられないのも事実である。クリストルも「恋愛と同じで相手の女性は変質しても、その経験は極めて価値がある」と語っている。左から右に転向したからといって、すべてが変わるわけではない。

 トロツキーといえば、「永続革命論」が代表的である。簡単に言えば、ソビエト革命は一国では成就しない。ヨーロッパの革命が成功してこそ、遅れた資本主義で起こったロシアの革命はブルジョア民主主義革命を超えて社会主義革命へと連続的に発展するという考え方だ。しかし、ヨーロッパ革命は敗北し、トロツキーは「一国社会主義」を唱えるスターリンに追放される。

 そして、追放されたトロツキーを中心にトロツキズム運動が世界に広がっていった。トロツキーが掲げたスローガンは「ソ連労働者国家擁護」だった。スターリンのソ連は確かに誤ってはいるが、それでも帝国主義から守る価値のある労働者国家だというものだった。

 アメリカのネオコンが誕生したのは、第二次大戦終了の前後だといわれる。元々はトロツキストだった彼らの中には、スターリンのソ連が1939年にナチス・ドイツと独ソ不可侵条約を締結したとき、ナチスと手を結ぶようなソ連を労働者国家として擁護することはできないとして、本家のトロツキーを批判し、「反スターリン主義」(スターリン主義打倒)を掲げた者たちがいた。

 こうした「反スタ」の流れの中からネオコンが生まれてきた(これは特殊アメリカ的な現象と思われる)。その後は50年代初頭の朝鮮戦争を契機とした冷戦の始まりで、米ソの対立が激化すると、悪いのはアメリカではなく、スターリンのソ連の方だ、スターリン主義打倒だとなっていった。

 ネオコンの特徴は、自分たちは絶対的な正義だと信じていること、絶対的正義である米国民主主義を世界に広めなければならないと考えていることである。右と左の違いはあっても、多様な世界を単一的に捉えようとしたかつての共産主義運動、トロツキーの永続革命論、遡ればレーニン主義、ボリシェビズムと極めて似通っている。

 ソ連は70年をかけてボリシェビズムの間違い、つまりボリシェビズムでは国家を合理的機能的に運営できないことに気づいた。中国も1949年の革命から改革開放まで30年を費やした。その間には、国際共産主義運動はコミンテルン(国際共産党)を解散もしている。世界の多様性の前に単一のイデオロギーは機能しなくなったからだ。

 いま、アメリカはソ連の失敗の二の舞を演じようとしているのではないか。ネオコンは“逆コミンテルン”の本部をアメリカに置いたかのようだ。それは「共産主義」が「民主主義」に衣替えしただけだ。いまのネオコンに影響されたホワイトハウスや国防総省は、中国共産党よりもよっぽどイデオロギー的なのである。

 国内政治も、国際関係も、そして社会や人間集団も、結局のところは現実の利害関係を軸に動いていくものである。現実を無視したところに理想主義は成立しない。人民の「能動的主観性」に過剰に依拠した毛沢東の失敗を見れば明らかである。理想主義は世界を変えうる力を持っていると信じるが、それは一歩間違えれば独善主義に陥る。

 もっとも、ネオコンが大きく注目されたのは、9・11以後の米国の特殊な精神状況下においてである。アメリカが世界の現状と自らの国家利益を冷厳に見つめたときに、ネオコンはアメリカ帝国にとっても厄介で危険な存在になるだろう。(『政策フロンティア』2003年10月号)
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