危うい米国のウクライナ地政学火遊び

危うい米国のウクライナ地政学火遊び より転載
2014年3月5日   田中 宇


 2月初め、米国のビクトリア・ヌーランド国務次官補(欧州ユーラシア担当)と、米国の駐ウクライナ大使ジェフリー・パイエトが、ウクライナ問題について電話で議論している会話の録音が、ユーチューブに流れた。会話では、ウクライナのヤヌコビッチ政権が反政府運動を暴力的に弾圧した場合に経済制裁すべきだと米国が主張したのにEUが反対したことが語られ、ヌーランドが「EUはくそたれだ(Fuck the EU )」と発言するくだりが録音されている。米国務省の広報官は、この録音がニセモノだと言わず、本物であることを間接的に認めた(ロシアがリークしたに違いないと米政府筋は指摘)。くそたれ発言を受け、ドイツ首相が米国を批判し、米欧関係がぎくしゃくした。 (US response to leaked call confirms US/EU regime-change plot in Ukraine) (Victoria Nuland phoning with Geoffrey Pyatt)

 漏洩した電話の会話の中で2人は、ヤヌコビッチ大統領の政権を倒すか譲歩させた後のウクライナで首相になるべき野党系の人物について議論している。当時、政権にいたヤヌコビッチは、首相の職位を渡すことで野党を懐柔して反政府運動をやめさせようとしており、野党の指導者であるビターリー・クリチコ(Vitali Klitschko)が首相になりそうだった。しかしヌーランドは漏洩した会話の中で「クリチコは実務経験が少ない。(外相や中央銀行総裁を歴任し、緊縮財政など、欧米がウクライナに求める政策を熟知している)アルセニー・ヤツェニュク(Arseny Yatseniuk)の方が良い」と述べている。 (Leaked Ukraine recording reveals US exasperation with EU) (Ukraine crisis: Angela Merkel raps US diplomat for leaked remarks)

 その後、2月22日にヤヌコビッチ大統領は追放されて政権転覆が成就した。そのあとにできた野党主導の新政権で首相になったのは、ヌーランドら米政府が望んだ通りのヤツェニュクだった。ヌーランドはユダヤ系で、ロシアの専門家であり、ブッシュ政権時代にチェイニー副大統領の側近としてNATOにロシア敵視をとらせる方策を練った。ヌーランドは昨年末、ウクライナの首都キエフの中心街の広場で、反政府運動の参加者にクッキーを配っているところを写真に撮られ、米国がウクライナの政権転覆を支援する内政干渉をしているとロシア首相に批判されている。外交官というより、タカ派やネオコン(軍産イスラエル複合体)の国際政治活動家だ(近年の米国の外交官には、この種の人々が多い)。 (USAID Support for Destabilization of Russia) (Washington Acts Like Government-in-exile for Ukraine)

 ヌーランドの夫は、ブッシュ政権時代に政権中枢に入り込み、イラクに大量破壊兵器の濡れ衣をかけて米軍に侵攻させた「ネオコン」の指南役だった評論家のロバート・ケーガンで、2人はネオコン夫婦といえる。 (Victoria Nuland From Wikipedia)

 ウクライナでは2004年から、ロシアが支援するヤヌコビッチや東部地域のロシア系住民(総人口の2割)と、米国が支援するティモシェンコや西部地域のウクライナ系住民(総人口の7割)との政治闘争が続いてきた。米国のタカ派やネオコンはこの10年、親露政権ができるたびに反政府運動を支援し、政権転覆のやり方を指導してきた。昨年末に今回の反政府運動が激化して以来、ジョン・マケイン上院議員ら米政界のタカ派の重鎮たちが何度もウクライナを訪れ、反政府運動を鼓舞してきた。 (ウクライナ民主主義の戦いのウソ) (Senator McCain meets Ukrainian protest leaders amid rival rallies)

 ドイツなどEU諸国は、EUのすぐとなりのウクライナが混乱して内戦になることをおそれ、ロシアと過度に敵対しないよう、慎重な姿勢をとりたがっている。しかし米国では、かつてイラク侵攻を主導した過激なタカ派が依然強く、ロシア敵視の策を続け、ウクライナの親露政権を潰した。EUは、米国の過激な好戦策に迷惑しつつも「味方でなければ敵だ」という白黒二元論を続ける米国についていかざるを得ない。(オバマ大統領は、白黒二元論や好戦過激策から脱却したいが、米議会など政界全体に好戦策と二元論が席巻し、それに引きずられている) (The West's policy goals in Ukraine) (Munich Security Conference: U.S. Leaders meet with Ukrainian Opposition, Coordinate Regime Change Plans)

 昨秋以降、米国がウクライナの親露政権を倒すまで反政府運動を支援した理由は、米国覇権の衰退を受け、ロシアのプーチン大統領が昨年秋から、ウクライナやコーカサス諸国、中央アジアなどの旧ソ連諸国を「関税同盟」や「ユーラシア経済同盟」などで、経済的に傘下に入れる戦略を本格的に開始したからだ。プーチンのソ連復活策に対抗するかたちで、EUはウクライナやコーカサス諸国との関係を強化する東方拡大策を強化し、ロシアとEUとの地政学的な引っ張り合いとなった。 (Post-Soviet union to launch 2015: Putin) (多極化の申し子プーチン)

 EUの戦略の後ろには米国がいる。米欧は、ロシアに対抗してウクライナやコーカサス諸国をEUの傘下に入れようとするが、その条件として、IMFなどが定める緊縮財政に徹するとか、国内の人権を守るとか、米欧企業が喜ぶ市場開放をやるといったことが求められている。対照的にロシアは、当座の見返りなしに、EUと同じ経済利益を与えると売り込んでくる。ロシアと組むと、独裁的なロシアの言いなりにならねばならないが、旧ソ連の指導者たちは、ロシアの昔からの帝国的なやり方に慣れている。むしろ、米欧が満足する自由主義体制を作る方が難しい。昨年9月には、コーカサスのアルメニアが、EUとの協約締結をやめて、好条件を出してきたロシアの関税同盟に入ることにした。 (Russia's battle to hold back EU's expansion brings new pressures on tiny Moldova)

 ウクライナのヤヌコビッチは親露政権だったが、一時はEUとの協約締結を決めていた。しかし、それを見たロシアが、対抗して150億ドル分の投資や天然ガスの安値販売を提案するとともに、EUと協定したら経済制裁すると脅してきた(ロシアは、ウクライナの貿易の3割を占める最大の相手国)。ヤヌコビッチ政権は、EUと合弁でガスパイプラインを建設する話をまとめたものの、調印式を欠席して契約をドタキャンし、EUと組まずロシアと組む方向に転換した。 (Russia cuts deal to finance Ukraine) (Ukraine Officials Fail to Show to Sign Gas Import Deal)

 親露政治家のヤヌコビッチがEUでなくロシアと組むのはロシアと腐敗した関係があるからだと考えられがちだ。しかし、米国の権威あるシンクタンク「大西洋評議会」は、ウクライナがEUと組んで対露関係を疎遠にすると、ロシアが報復的に制裁しなくても対露貿易の減少が多くなるので、EUと疎遠にしてロシアと組んだ方がウクライナの国益になると分析する報告書を発表している。 (Leading U.S. Think Tank Concludes E.U. Deal Would Have Ruined Ukraine)

 プーチンの関税同盟などソ連復活策も、西側では「独裁的な悪の帝国の復活」と政治面のみの話として見られがちだ。これも、経済面から分析する欧米の分析者の間からは、ロシアなど旧ソ連諸国にとって、プーチンが構想する「ロシア版EU」とも呼ぶべき経済統合によって、社会主義でなく資本主義で旧ソ連が再統合した方が繁栄するとの考えが出ている。プーチンのソ連復活策にウクライナが入ることは、ロシアとウクライナの両方に経済的な利益がある。 (Russia-led union risks new divisions)

 ロシアの地政学的な再拡大は、米国のタカ派(軍産)勢力にとって許せないものだ。米国のタカ派は冷戦時代から、旧ソ連の反体制派や分離独立主義者を支援してきた歴史を持つ。反ソ・反ロシアのウクライナの民族主義者は、古くから米国に支援されてきた。00年からのプーチン政権がロシアの再台頭を具現化していく中、米国のタカ派はウクライナの民族主義運動をテコ入れして04年に「オレンジ革命」を起こし、反露的なユーシェンコ政権ができた。ウクライナの反露派与党は利権争いから分裂し、10年の選挙で親露派のヤヌコビッチに負けて下野していたが、ヤヌコビッチがロシアと経済同盟を結んだ13年の12月から、再び米国の支援をうけて反政府運動が盛り上がり、14年2月のヤヌコビッチ政権の転覆となった。 (Ukraine: On the front line)

 米国がロシアの覇権拡大を阻止するために引き起こした今回の政権転覆は、ウクライナを不安定化し、内戦の危機に追いやった。米国が支援していたウクライナ民族主義者たちは、ロシアが大嫌いで、政権をとった直後、ロシア語を公用語から外してしまった。ウクライナ国民は、7割のウクライナ系と2割のロシア系から成り立っており、ロシア系を排除する新政権の動きに対し、ロシア系住民と、その背後にいるロシアは激怒している。ウクライナはソ連崩壊後の国家独立以来、反露的な民族主義のウラクイナ系の政治勢力と、ロシア政府に支援されたロシア系勢力の対立が続いてきたが、今回の政権転覆で対立が一気に強まった。 (After Initial Triumph, Ukraine's Leaders Face Battle for Credibility)

 ウクライナは1922年にソ連の一部になったが、ナチス政権のドイツはウクライナの民族主義者たちを煽ってソ連から独立させようとした。その歴史から、ウクライナの民族主義者の中には今も、ナチスを支持する極右のネオナチがかなりいて、政党「スボボダ」などを作っている。米国の支援を受け、首都キエフの中心街の広場を占拠して政権転覆を成功させた反政府運動家の中には、スボボダの党員や支持者も多く、新政権は6人の閣僚がスボボダ出身だ。 (Ukraine Transition Government: Neo-Nazis in Control of Armed Forces, National Security, Economy, Justice and Education)

 スボボダの前身である社会国家党(ナチスドイツの政党名に似せた)を冷戦終結直後の1991年に設立したのは、アンドリー・パルビーという極右活動家だったが、彼は今、ウクライナ新政権の治安政策を立案する「国家安全防衛評議会」のトップ(書記)をしている。ネオナチは今、ウクライナの治安や警察、防衛、軍事の政策を握っている。 (Andriy Parubiy From Wikipedia)

 ウクライナの極右ネオナチは、ロシア系やユダヤ系(国民の1%)の国民を排除してウクライナ人だけの国にする民族浄化策や、ロシアの影響圏から離脱してEUに入ることを目標にしている。クリミアなど、ウクライナの東部や南部に住むロシア系住民が、極右の政権奪取を見て不安に駆られ、ウクライナからの分離独立や、プーチンのロシアに助けを求めたのは当然だった。ロシア側の報道によると、今年に入って、すでに67万人のロシア系ウクライナ人がロシアに逃げている。 (675,000 Ukrainians pour into Russia as `humanitarian crisis' looms)

 ウクライナはこれまで、東部のロシア系が多い工業地帯と、西部のウクライナ系が多い穀倉地帯が、反目しつつも何とか和合を続ける微妙なバランスの上に、国家として成立してきた。ロシア系を排除するウクライナ民族純血主義を希求する新政権は、ウクライナの国家的なバランスを破壊してしまったと、欧州の分析者が批判している。そのようにNYタイムス(ですら)が書いている。 (After Initial Triumph, Ukraine's Leaders Face Battle for Credibility) (US sleepwalking into Ukraine crisis By Paul Craig Roberts)

 ロシアの政府系マスコミは、ウクライナの新政権が極右のネオナチに握られていることを批判的に喧伝している。極右ネオナチの政権転覆運動を支援した米国は、この点で、道義的にロシアを優位にさせている。ドイツなど欧州諸国は、ロシアの影響力拡大を阻止しようと、米国主導のウクライナ政権転覆策に乗ったものの、極右ネオナチの政権ができてしまったことに当惑している。 (Is the U.S. Backing Neo-Nazis in Ukraine?) (プーチンを敵視して強化してやる米国)

 ロシア政府は、ウクライナ国民の2割を占めるロシア系住民を新政権の民族浄化策から守る必要があるだけでなく、ロシア海軍の半分が結集しているウクライナ南部クリミア自治共和国のセバストポリ軍港を守る必要もある。セバストポリを含むクリミア半島は、住民の6割がロシア系だ。クリミアはもともとロシア領で、セバストポリも、ロシア領内の軍港として19世紀に帝政ロシアが開発した。(付近にはギリシャ時代の港湾遺跡もあり、古くから貿易港として機能していた) (Russia, too, is in quandary over Ukraine)

(クリミアは、18世紀末にロシア帝国がトルコ帝国から奪った地域だ。トルコ時代にクリミアを守っていたのがタタール人で、彼らは今もロシアが大嫌いで、ウクライナ民族主義を支持している。タタール人はスターリンから憎まれてシベリアに送られ、冷戦終結後、クリミアに帰還した)

 その後、ウクライナとロシアがソ連邦のもとで統合されていた時代の1954年に、当時のフルシチョフ書記長(ウクライナ系)が、出身地に対するえこひいきから、クリミアをロシア共和国から分離してウクライナ共和国に入れた。当時は、ウクライナもロシアもソ連領内で、セバストポリがウクライナ共和国に編入されても問題なかった。しかしソ連が崩壊して1991年にウクライナとロシアが別々の国家になると、この件が問題になった。 (How Crimea differs from the rest of Ukraine)

 ロシアはウクライナと交渉し、セバストポリ軍港の租借を続けている。ウクライナに反露政権ができるたびに、セバストポリ軍港を返してもらうと宣言して、ロシアから天然ガスの供給を止められるなどの報復を受け、ウクライナが親露政権に転換すると、軍港使用の延長をロシアに許すという揺れ動きが続いた。反露的なユーシェンコ政権は2009年に、17年までに露軍にセバストポリから出ていってもらうと宣言したが、その後できた親露的なヤヌコビッチ政権は、軍港を2042年までロシアに貸与する協定を結んだ。今回ふたたび成立したロシア敵視の新政権は、政権樹立直後、この協定を破棄すると宣言した。 (New Ukraine Leadership Vows to Expel Russian Fleet from Crimea)

 クリミア自治共和国の住民の6割はロシア系で、共和国議会もロシア系が握っている。議会は、ウクライナの中央政府が極右の反露勢力に握られたのを見て、クリミアをウクライナから分離独立する住民投票を5月の選挙時に行うことを決議した。住民投票で、クリミアの分離独立が可決される見通しだが、中央政府は住民投票など認めないと言っている。 (Interim Govt Wants Russia Out of Crimea, Many Crimeans Want Out of Ukraine) (Russia May Attempt to Annex Crimea)

 住民投票でクリミアがウクライナからの分離独立を決めると、ウクライナ新政権が認めなくても、国際的には一定の承認を得るだろう。ウクライナ新政権を支持する米国とその傘下の欧日などはクリミアの分離を認めないだろうが、中国などBRICSや途上諸国は、ウクライナに対する米欧の内政干渉を批判しており、クリミアの民主的な分離を認めるだろう。 (Careful what you wish for in Ukraine)

 これは、08年におきた南オセチアの事態の繰り返しでもある。ウクライナの東側にある南オセチアは、オセット人が多い国で、08年までグルジアの一部だったが、1990年代以来、グルジアからの分離独立やロシアへの編入を望んでいた。08年にグルジアのサーカシビリ政権が、米国に扇動されてロシアに戦争を挑んで敗北した時、ロシアは南オセチアからグルジアの勢力を追い出し、その後はロシア軍の駐留を継続しつつ、経済支援を行うとともに、南オセチアの独立を認め、ロシアの影響下に置いている。 (米に乗せられたグルジアの惨敗)

 ロシア政府は南オセチアに関して、オセット人の分離独立の民意を潰そうとしたグルジア軍の侵攻をロシア軍が防衛して撃退し、南オセチアを守っているという「正当防衛」の理論で、世界を黙認させている。同様にロシアは今後、クリミアに関しても、ロシア系住民の分離独立の民意を潰そうとするウクライナ極右政権の不当行為を排除するためと称し、クリミアに対するロシアの影響力を保持拡大するだろう。 (Ukraine Interim Govt Tries to Spin Crimea Chaos as Russian Invasion) (Crimea tensions echo Georgia of 2008)

 クリミアには以前からセバストポリを中心にロシア軍がおり、新たに軍事駐留する必要がない。ウクライナ新政権樹立後、ロシア軍はクリミアでの特殊部隊の活動を拡大し、米欧日などでは、これを「ロシア軍の侵攻」と報じているが、ロシア軍はむしろ親露的なクリミア議会の要請を受けて動いており、侵攻とみなしにくい。 (On Ukraine, Putin holds all the cards and dictates the timetable)

 ウクライナ軍とロシア軍が戦争になるかもしれないとの見方もあるが、これも誇張だ。ウクライナ軍は91年までソ連軍の一部であり、その後もロシアの影響力が強く、司令官の中には海軍を中心に親露勢力が多い。ウクライナ海軍の主力部隊は、中央政府が極右に代わった直後、ロシア側に寝返り、軍艦上のクライナ国旗を降ろしてロシア国旗に替えてしまった。 (Ukrainian Navy flagship takes Russia's side - report) (New Ukraine Navy Chief Defects to Crimea)

 陸軍でも、クリミアなど南部や東部で新政権不支持を表明して親露側に寝返る動きが続いている。ウクライナ軍はロシアと戦える状態にない。新政権がロシアに宣戦布告したら、軍内の寝返りや逃亡が急増する。ロシア側も、自らの優位を知っているので、ウクライナは正規軍どうしの戦争になりにくい(ウクライナ系の極右民兵が事態の悪化を煽る暴力行為をする可能性はある)。 (Amid crisis, Ukrainian military's neutrality hangs in the balance) (Ukraine troops in Crimea change sides to back pro-Russia authorities without bloodshed - insider)

 まだまだ書きたいことがあるが、すでに非常に長くなった。急増する情報の読み込みに時間がかかり、配信も遅れている。とりあえずここで配信する。

【続く】
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