北東アジアでの日本の立ち位置

日中韓協調策に乗れない日本
2012年11月28日   田中 宇


 韓国の大統領選挙をひかえ、有力候補である中道右派の朴槿恵(パク・クネ)が、外交戦略として、東アジアを安定化するために日中韓が本格的な協調体制を作ることをを提唱した。「北東アジア和平構想」と名づけた戦略は、東アジアが世界経済の中心になりつつあるのに政治的に不安定なままである現状を、日中韓の協調を強化することで変えねばならないと提案している。 (A Plan for Peace in North Asia By PARK GEUN-HYE)

 東アジアでは、中国が胡錦涛から習近平への政権交代とともに従来の輸出主導の経済を内需拡大主導に転換する動きをみせている。これに合わせ、日中韓FTAやASEAN+3、+6(RCEP)の自由貿易圏作りの交渉が始まっている。中国は減速していた鉱工業生産が9月から復活傾向に戻っている。中国との関係を切っている日本を例外として、韓国や東南アジアを含む世界経済は、中国に依存する傾向を強めている。 (◆アジアFTAの時代へ) (China Industrial Profits Back)

 従来は米欧日の仕事だった発展途上諸国への経済支援も、中国などBRICSが自前の国際開発銀行を設立するなど、新興諸国の役割が拡大している。世界経済の中心は、米欧(先進諸国)からアジア(中国など新興諸国)に移ろうとしている。しかし東アジアには北朝鮮問題、台中対立、南沙諸島や尖閣諸島、竹島の領土紛争があり、政治的な不安定が続いている。東アジアでは、日韓などが対米従属維持のため米国との2国間関係のみを重視した結果、アジア諸国間の横のつながりが強まらない。中国の周辺諸国は、中国の台頭への対応として米国依存を強めることしかできず、冷戦構造が温存されている。日中韓、北朝鮮、台湾、東南アジア諸国の間にある対立を解消することが、今後のアジア経済の安定的な発展に必要だ。 (BRICS: The World's New Banker?)

 朴槿恵はこの点について、欧州に学べと言っている。欧州が、対立を乗り越えてEU統合に結びつけた背景に、主要勢力であるドイツ、フランス、英国が1970年代から協調関係を強め、二度の大戦の敵対構造を解消し、その上でソ連の側との関係も対立を協調に変え、冷戦を終わらせたことがあった。日中韓も今から協調関係を強めるのが良いと朴槿恵は主張している。

 ここまでの提案は、誰でも賛同できるものだ。しかしここから先は、最近の日本人にとって受け入れにくい話になる。朴槿恵は、欧州で独仏英が協調関係を強めるのに不可欠だったのが、70年代に西ドイツが自国の「戦争犯罪」を全部認めて謝罪し、ドイツ(だけ)が悪かったという歴史認識を欧州共通の変更不能なものとして確定したことだと言っている。東アジアでも同様に、日本が「従軍慰安婦問題」などの「戦争犯罪」を全面的に受け入れて日本の教科書に記し、日本が歴史認識の変更を求めないことが、日中韓の協調強化の大前提だと朴槿恵は言っている。

 韓国では、朴槿恵の対立候補である左派の安哲秀も、日本が戦争犯罪の歴史認識を全面的に認めたうえで日中韓の協調を強化することが必要だと言っている。対日方針について、誰が大統領になっても同じ方向だ。

 従軍慰安婦や南京大虐殺など「戦争犯罪」については、日本でも「全部事実だ」とする見方と「中韓もしくは戦勝国の誇張だ」とする見方が対峙している。20年ほど前までは、前者が「知識人」の姿勢で多数派で、後者が少数派で「右翼、変人」のレッテルだったが、最近では完全に逆転している。私の見方は「戦勝国が戦時にやっていた誇張宣伝の構図を、戦後そのまま『史実』にしている」というものだ。日本の「戦争犯罪」だけでなく「ホロコースト」などドイツの「戦争犯罪」も同様の構図だ。 (ホロコーストをめぐる戦い)

 マスコミが大衆の価値観を操作するのが近現代の世界的な特徴だ。近現代の戦争は、敵国がいかに悪い奴らであるかを、積極的に誇張して自国民と世界に流布するのが勝利への近道である。戦勝国は終戦後、自国の誇張を『史実化』する権利を持つ半面、敗戦国は誇張された『悪』を永久に抱えさせられる。

 03年のイラク侵攻時、米国の開戦の大義になった「大量破壊兵器」「クルド人を化学兵器で虐殺」など、サダム・フセインにかけられた「戦争犯罪」の多くが、フセイン政権が潰された後にウソと誇張であるとわかり、米国がウソをついたことの方が『史実』として確定したが、これは最近の(隠れ多極主義的な)失敗例である(米英の新聞が開戦前、フセインを何度もヒトラーに見立てたことには意味がある)。イランが核兵器開発していると米イスラエルが主張しているのが濡れ衣であることが世界的に露呈し始めているのは、最近の未遂の失敗例だ。(『史実』をカッコに入れたのは、そもそも確定的な史実なるものが存在すると信じない方が良い、という意味だ)

 私のこの見方に立つと、ドイツは、自国にかけられた濡れ衣・えん罪を積極的に全部認めてしまった構図になる(「構図」などという余計な言葉を入れたのは「ホロコーストは濡れ衣だ」と断言してしまうと、私自身が「国際犯罪者」にされるからだ)。えん罪を積極的・恒久的に認めて許してもらおうとするのは「良くない」やり方で、正々堂々とえん罪を否定し、濡れ衣を論破して、自国になすりつけられた罪を晴らすのが「正しい」やり方だ、と考える日本人が多いかもしれない。

 しかし私が見るところ、個人にかけられたえん罪を晴らす正攻法を、国家にかけられたえん罪にも適用するのが良いと考える常識的な思考こそ、戦勝国(英国など)が敗戦国を陥れようとする策略に引っかかっている。戦勝国の英米は、戦後の国際言論界(マスコミ)を操作できるので、日本人やドイツ人が濡れ衣を晴らそうといくら力説しても「自分たちの罪を認めたくない日独の戦犯の残党が、まだウソを言い募っている」としか世界に思われない。力説するほど悪人とみなされ「国際社会」に復帰させてもらえなくなる。

 だから、ドイツが「戦犯」の地位を脱し、戦後ソ連を怒らせる英米の冷戦の策略によって東西に分裂された自国を再統一し、フランスなどと国家統合してEUを作ることで、世界の強国に戻るためには、濡れ衣やえん罪をすべて恒久的に認めるしかなかった。そうすることで戦争犯罪の問題を終わらせ、ドイツはEU統合という次の戦略に入ることができた。ドイツには、超国家EUのかたちで、独立した強国に戻るという長期的な国家戦略があったので、70年代に米国が冷戦構造を崩し始めたとき、戦争犯罪の問題を全部終わらせることを、濡れ衣を晴らすことよりも優先した。

 日本の戦後、特に1970年代以降の動きは、ドイツと対照的だ。米国は、72年のニクソン訪中によって中国(共産党政権)への敵視をやめるとともに、同年に沖縄を日本に返還して在日米軍を撤退する計画を打ち出し、日本が中国と組んでEU的な東アジア共同体を作っていくことを容認した。田中角栄の訪中で「日中友好」の流れも始まった。90年代にかけて、日本は自国の戦争犯罪を「史実」で「悪」と認めるドイツと同じ流れが起きた。

 だが、日本の権力機構である官僚組織は対米従属に固執し、米国の軍産複合体にロッキード事件を起こしてもらって田中角栄を失脚させ、自衛隊の準備ができていないと言って在日米軍に施設負担金(のちの思いやり予算)を出して残ってもらった。冷戦後、米国がアジアを含む世界に対する支配をゆっくり弱めていこうとする状況になると、日本では、中国と組めないようにする流れとして、南京大虐殺や従軍慰安婦の問題の誇張性に注目する傾向が強まった。

 日本がドイツ式に戦争犯罪を受け入れて対米従属を離脱して独自の対アジア・対中関係を持つことが、しだいに難しくなった。韓国も中国も「日本の戦争犯罪と立ち向かう」ことがナショナリズムとして政治的な人気の源泉の一つになっている。日本人が戦争犯罪をえん罪と言い切るほど、中韓で反日運動が強まり、日中韓の協調が難しくなった。

 朴槿恵の日中韓協調の提案は、こうした流れを逆転しようとするものだ。米国の覇権が今後も続くなら、日本が提案に乗る必要はない。だが、米国のドルと米国債は、すでにバブル化が顕著だ。米連銀はドルを増刷して米国債を買い支えるQE3(量的緩和)をやっているが、それと別に以前からやっていた短期米国債を売った資金で長期米国債を買う「ツイスト作戦」が今年末で終わりそうだ。QE3が続いてもツイスト作戦が終わるなら米国債が急落するかもしれないと指摘されている。 (U.S. Treasurys Confronted With Risk of a Hesitant Fed) (債券危機と米連銀ツイスト作戦)

 米国は、紙幣を刷って国債を買い支え、財政赤字を増やし続ける動きを、中毒的に拡大し続けねばならない。それをやめたらバブル崩壊的に債券市場が急落し、影の銀行システムの機能が失われてインフレもひどくなりそうだ。米国やカナダの投資家の中に、もう債券を買わない方が良いと言う人が出てきた。来年初めには、増税と支出削減がいっぺんに起こる「財政の崖」も不可避だろう。ドルと米国債のバブル崩壊が今後数カ月内に必ず起きるとは言えないが、米国はいつバブル崩壊してもおかしくない状況にあり、日本が対米従属をやめねばならなくなるのは時間の問題だ。 (Bond party is over, says Canadian fund)

 数年前まで、中国は覇権よりも国内の発展と安定を重視していたので、日本との協調を深めて日中が組んで東アジアの主導役をやろうとしていた。だが、中国と組むと対米従属を続けられないので日本側が断り続け、いまや中国は、一国で東アジアの主導役をつとめる姿勢になっている。

 日本は、一昨年の秋に尖閣諸島で中国との対立を深める方向に動き出し、今では中国とも韓国とも協調できる状態にない。日本が戦争犯罪問題で中韓に再度謝罪して独仏式に日中韓の協調体制をつくることは、現状では全く不可能だ。日本は、近いうちに米国の崩壊によって対米従属できなくなるうえ、その後の国是になり得た中韓との協調もできない状態だ。韓国は、対米従属できなくなったら中国との協調を強め、北朝鮮とも交渉して、今より安定した東アジアの中で生きる新たな道が存在するが、日本にはそれもない。 (Say No to Tokyo - Doug Bandow)

 ソニーやパナソニックがジャンク格に落とされ、日本経済は急速に「終わり」の観が強まっている。先進国の消費力が落ち、中国など新興諸国が消費大国になる傾向は、BRICSという言葉が作られた10年ほど前に、すでに予測できたはずだ(私のような個人の市井の分析者でさえ、数年前からしつこく「多極化」という言葉を使ってきた)。官界に影響された日本の財界人は、そうした流れに鈍感だったようだ。 (Managing Japan's Happy Decline)

 日本が今のような窮地に陥らないようにするには、今のように中国の台頭の日本の凋落、米国の覇権崩壊が顕在化してくる前の、小泉政権や鳩山政権の時代に、中国との協調関係を構築し、日中で東アジアの安定策を練る体制を開始しておくべきだった。そうすれば日本企業も消費地の転換・多極化に対応できたはずだ。私は日本がアジア重視・対中協調に転換していくと期待していたが、実際はそうならず、日本は窮乏し孤立する道を歩み続けている。 (多極化に対応し始めた日本) (多極化と日本)

 現実的に考えると、日本は今後、米国債の下落など米国の覇権が崩壊していくまで国家の姿勢を変えられないだろう。新たな国家戦略の立案から実施まで10年以上かかる。日本は、対米従属ができなくなって茫然自失の中で国力をさらに喪失していきそうだが、対米従属できなくなれば、日本の権力は官僚機構から政界に移り、政治主導で新たな国家戦略が作られ、20年後ぐらいまでに何らかのかたちで立ち直るのでないか。20年は、個人の人生で考えると非常に長い年月だが、国家の歴史として見れば一瞬に近いので、落胆することはない。
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