ウクライナ危機は日英イスラエルの転機

ウクライナ危機は日英イスラエルの転機
2014年3月11日   田中 宇


 日本、英国、イスラエルの3カ国の頭文字をつなげた「JIBS」という言い方がある。米国のシンクタンクであるユーラシアグループが作った言葉で、これまで米国の覇権のみを自国の後ろ盾として繁栄してきた3カ国が、今後、米国の覇権衰退にともない、窮乏や衰退を強めていきそうだという予測を、同グループが一昨年から、毎年の年次報告書で書いている。 (Top Risks 2014)

 昨今のウクライナをめぐるロシアと米国の対立で、このJIBSの3カ国が、米国の強硬策についていけない傾向を露呈している。日英イスラエルとも、表向き米国のロシア制裁に賛成しているものの、実体面で、ロシアに対して強硬な姿勢をとりたがらない。米国はロシアに対し、イランに対してやったような金融制裁を検討している。世界のすべての銀行間のドル決済がニューヨーク連銀を通過することを利用し、ロシアの銀行と取引する各国の銀行を特定し、米国との取引を全面禁止にする制裁だ。これに対し、英国政府は対露金融制裁に賛成したものの「英国の金融界(ロンドンの「シティ」)を制裁対象から外すなら、対露制裁に賛成する」との条件をつけた。これは事実上「制裁反対」の表明だ。 (West split on response to Russia)

 ロンドンの金融界は、英経済を支える大黒柱だ。08年のリーマン危機まで、米英一体の債券金融システムを回して大儲けしてきたが、リーマン後、債券システムの大半が凍結状態で、英金融界は行き詰まっている。しかたがないので英金融界は、中国人民元の世界一のオフショア市場になることをめざすなど、中国やロシアといったBRICSを中心とする新興市場・発展途上諸国との取引で儲ける態勢に転換しようとしている。金融界の儲けで持っている英国の政府は、中国やロシアと敵対せず、逆に中露と仲良くしようとしている。 (金融システムの地政学的転換)

 英国の世界戦略は伝統的に「ユーラシア包囲網」であり、大戦後、米国を引っぱり込んで冷戦体制を構築するなど、ロシアを敵視する姿勢を続けてきた。ソ連崩壊後のエリツィン政権時代、一時的にロシアを牛耳った一群の新興財閥(オリガルヒ。米国のネオコンと親しいユダヤ系が中心)が、00年以降に台頭したプーチンとの政争に負けたとき、英国はオリガルヒたちの亡命を受け入れ、プーチンと英国との対立が深まった。ネオコン・タカ派に牛耳られて過激な世界支配策を突っ走る米国と組み、ロシアと対立するのが当時の英国の戦略だった。 (ロシア・ユダヤ人実業家の興亡)

 しかし、米国の過激な覇権策は失敗し、金融の大儲け態勢もリーマン危機で失われた(まだ米国の金融界はバブルを再膨張させて延命しているが、いずれ起きる次の金融危機でリーマン危機以上の大崩壊になるだろう。そのような示唆がFTにすら載るご時世だ)。米政府は前ブッシュ政権以来13年間、英国に対して冷淡なままだ。英国の中枢は、米国覇権の終わりや多極化の傾向を見据え、ロシアや中国との関係を悪化させたくない。 (Forward guidance threatens to `encourage excessive risk')

 01年の911事件より前に、今回のウクライナ危機が起きていたら、英国は米露間の対立を仲裁する役割を果たしていただろう。ロシアは今よりずっと弱く、英国が反露的であっても、仲裁に応じざるを得なかった。しかし今回のウクライナ危機の仲裁はドイツが主導で、英国は全く出る幕がない。プーチンは英国を信用していない。ドイツとロシアが欧州の将来を決める、第二次大戦前の独ソ不可侵条約の時代の再来を思わせ、英国にとって悪夢の状態だ。米国は間抜けな過激策に固執し、英国にとって、戦前の孤立主義の時代よりもっと使いものにならない。 (Merkel will not banish Britain's EU demons) (ヤルタ体制の復活)

 英国はEUに加盟しており、英国がEUを牛耳るシナリオも机上ではあり得るが、実のところEUは完全にドイツ主導だ。EUは今後、各国の政府から主権を奪ってEU当局(独主導)に集中する政治統合を強めるので、英国は、主権剥奪を容認するか、EUから離脱するかの二者択一を迫られている。英保守党は「EUから離脱し、英米同盟を強化せよ」と言っているが、この主張は非現実的だ。英米同盟は弱体化する一方で、EUからの離脱は英国の孤立化にしかならない。今年9月の住民投票で、スコットランドが英国から分離独立し、EUに加盟していくことになりそうで、そうなると英国の国力はますます落ちる。最近訪英したドイツのメルケル首相は、EUで一緒にやっていこうと呼びかけたが「英国だけ主権を剥奪されずにEU加盟国の特権を享受したい」という英政府の希望は却下した。 (Angela Merkel appeals for `strong UK voice' in EU)

 英経済は疲弊し、失業して貧困層に転落し、食べ物を買う金ももなく飢餓線上にいる市民が急増している。英政府は、市役所などが困窮した市民に食糧を配ることを認めていないが、飢餓に苦しむ市民を見て、規制を無視して食糧配給を行う市町村が英全体の3割以上にのぼっている。英政府が、金融界に利益を与えてくれるロシアとの関係を悪化させたがらなくて当然の状態だ。 (Food poverty now bigger public health concern than diet - expert claims)

 英国は、米国から邪険にされたくないので、G7がロシア非難を決議したときは賛成した。同様に日本も、G7の場ではロシアを非難したものの、日本政府は危機発生直後から、ロシアとの関係を重視し続けることを表明しており、岸田外相は、ロシアを制裁するつもりはないと述べている。中国と敵対する姿勢を続けている日本は、ロシアとの関係を改善することで中露関係にくさびを打ち込もうとしており、ウクライナ危機で米国がロシア敵視を強めても、それに完全同調してロシア敵視を強めるわけにいかない。 (Japan will not impose sanctions against Russia, Foreign Minister Kishida says)

 米露関係の悪化はウクライナ危機の前から始まっており、オバマ大統領は、危機発生直前に行われたソチ五輪開会式への出席をとりやめ、親米的な先進諸国の指導者の多くが、きたるべきウクライナでの米露対立を予測するかのように、ソチ開会式への出席をボイコットした。そんな中、先進諸国の指導者の中でほとんど唯一、五輪開会式に出席し、プーチン大統領との会談もしたのが、日本の安倍首相だった。 (Japan-Russia Ties: An Opportunity for the U.S.)

 安倍はこの1年間に5回もプーチンに会っている。安倍のソチ出席への返礼としてプーチンが今秋に訪日することが決まり、ロシアから日本への石油ガス輸出も増える流れになっている。日本の中国(中韓)敵視は、対米従属を続けるための策だが、米国は中国包囲網を強化すると言いつつ、実際のところ腰が引けている。先日ハワイで開かれた日米防衛ガイドライン見直し会議でも、日本側が、中国の脅威の拡大に焦点を絞った議論をしたがったのに対し、米国側はもっと広範なテーマで議論をしたがり、日米が結束して中国を敵視する構図へと、日本が米国を引っ張り込んでいくことに、米国が抵抗した。 (Japan, U.S. differ on China in talks on 'grey zone' military threats)

 米国が中国包囲網強化に消極的な分、日本は独自の中国敵視策を拡大するしかない。その一つが、ロシアとの関係改善だ。だから安倍は、オバマら米欧指導者がボイコットしたソチ五輪開会式にあえて出席して日本の存在をプーチンにアピールしたし、ウクライナ危機が起きてもロシア敵視を最小限にとどめている。 (Russia, Japan seek to resolve dispute over islands, WW II treaty) (Japan's embrace of Russia under threat with Ukraine crisis)

 とはいえ、米国の中国敵視の腰が引けているからといって、日本が独自の中国敵視策を強めていくと、もともとの日本の中国敵視策の目的だった対米従属の維持強化がおろそかになり、むしろ日米同盟から離れたところで日本が中国を敵視していると国際的にみなされ、いつの間にか米中は対立していないのに日本だけが中国を敵視し、孤立した日本が中国にやられ放題になる図式になりかねない。 (中国敵視は日本を孤立させる) (メドベージェフ北方領土訪問の意味)

 もともと日本のロシア敵視は、日本を米国以外に頼る国がない状態にしておくもので、中国敵視と同様、対米従属策の一環だった。日本がロシアとの関係を敵視から協調に転換することは、対米従属から離脱する方向性だ。日本政府は2月2日、東南アジア諸国の防衛次官らを沖縄に集め、日本が中国包囲網を強化する意図で東南アジア諸国への武器輸出など支援支援を強めることを表明したが、これも日本独自の中国包囲網の強化であり、対米従属からの離脱につながりかねない行為だ。 (Japan Prepares For War With China) (Japan, ASEAN agree to cooperate in disasters, terrorism)

 ウクライナ危機は間接的に、日本を対米自立の方向に押しやる働きをしている。この傾向は、JIBSの残る一カ国であるイスラエルでも同様だ。イスラエルも英日と同様、ウクライナ危機でロシアを非難することをできるだけ控えている。イスラエルは今でこそ右派が席巻しているが、1947年の建国から70年代まで親ソ連の左派が強かった。ロシアは昔からユダヤ人(ハザール人)を抱え、ユダヤ商人が経済を握り、ロシア革命の活動家もユダヤ人が多かった(国際共産主義運動は、国際ネットワークに長けたユダヤ人的な発想だ)。リーバーマンやシャロンなど、イスラエルにはロシア系の有力政治家も多い。イスラエルは「強いロシア」に抵抗感がなく、プーチンを批判する政治家は少ない。 (Putin, a dangerous friend to the Jews)

 加えてイスラエルは、中東情勢に関して米国を信用できなくなっている。米国は「イスラエルのため」と称してイラクに侵攻したが、実際には中東での反米・反イスラエル感情が煽られ、イスラエルが国際的に悪者にされる中で米国がイラク占領に失敗して撤退し、エジプトやシリアに関しても米国が手を引き、その分イスラエルの孤立が深まった。特に昨夏、オバマがいったん決めたシリア空爆を撤回して後始末をロシアに丸投げし、ロシアと親しいイランも米国からの敵視が減った後、米国の代わりにロシアの影響力が強まった。米国を唯一の後ろ盾としてきたイスラエルは、少しずつ米国と離れ、ロシアとの関係を良好にすることに気を使っている。 (プーチンが米国とイランを和解させる?) (露中主導になるシリア問題の解決)

 イスラエルは今、米国に仲裁させてパレスチナとの和平交渉を続けているが、和平が実現できない場合、長期的に見て、米国の後ろ盾を失いつつあるイスラエルは亡国の危機に陥る。イスラエルのネタニヤフ政権は、何とかパレスチナ和平をまとめたいが、政権内を含むイスラエル政界と、米国におけるイスラエルの利権代弁者であるAIPACは、和平に絶対反対している(親イスラエルのふりをした反イスラエルの)右派に席巻されており、米国だけに頼っている限り、パレスチナ和平を実現できそうもない。 (D.C. elite say pro-Israel lobby losing influence, likened to NRA) (AIPAC Dictates Terms on Future Iran Deal)

 イスラエルの右派は、ウクライナの政権転覆に協力したとも指摘されている。イスラエル軍の特殊部隊(諜報部隊)の要員40人がウクライナに入り込み、極右ネオナチのウクライナ人たちと一緒に政権転覆の活動をしていたという指摘がある。イスラエル軍のユダヤ人が、反ユダヤのウクライナのネオナチを助けるのはおかしな話だが、ウクライナのネオナチによる政権奪取を米国の中枢で支援していたのは、ユダヤ人が多くイスラエル右派とつながった米国のネオコンだったことを考えると、ネオコンと結託してイスラエル軍の部隊がウクライナに入り込んでネオナチを助けるのは不思議でない。ウクライナはロシアと同様、ユダヤ人(ハザール人)の人口が1%おり、イスラエルに移住した人も多いので、イスラエルからウクライナに入り込むのは簡単だ。 (Ukraine: Israeli Special Forces Unit under Neo-Nazi Command Involved in Maidan Riots)

 イスラエル右派は最近、毎週のようにエルサレムのイスラム教の聖地「神殿の丘」に登り、イスラム教徒を大声で誹謗する行為を続けている。イスラエル政府は従来、イスラム教徒以外が神殿の丘に入ることを禁じるイスラム側の決まりを守っていたが、最近、和平を阻止する目的でイスラエル議会が神殿の丘にユダヤ人が入ることを許し、それ以来、右派による一触即発的な嫌がらせが拡大している。イスラエルは亡国の危機にある。 (Israel's Aqsa Provocations: Fuel to Fire)

 イスラエルが亡国から逃れるには、米国への依存を低下して右派を無力化していくしかない。プーチンのロシアは、米国に代わるイスラエルの擁護者になれる存在だ。今後、米国がロシアを金融制裁すると、ロシアは米国に対抗するため、同様に金融制裁されているイランとの関係を強めるだろう。ロシアとイランは、天然ガスを産出する世界3大国のうちの2つ(もう一つはイラン対岸のカタール)であり、両国が国際ガス市場で結託すると、かなりの反米勢力となる。 (エネルギー覇権を強めるロシア) (エネルギー覇権を広げるロシア)

 米国は、増産したシェールガスを欧州に輸出してロシアに対抗しようとしているが、シェールガスのブームは投資目当ての誇張であり、シェールガス田の枯渇は喧伝されているよりずっと速い。こんご数年内に、米国のシェールブームが誇張であることが露呈していき、欧州は米国のガスをあてにできなくなり、その分、ロシアやイランの影響力が増すことになる。イスラエルは、イランとの敵対を続けられなくなり、ロシアに頼んでイランと和解していくしかない。 (シェールガスのバブル崩壊)

 ロシアと並び、イスラエルを(米国が誘導する)亡国への道から救ってくれるかもしれないもう一カ国は、意外なことに、ドイツである。ドイツのメルケル首相は先日、年次行事となっているイスラエル訪問を行い、イスラエルが国交を持たない中東イスラム諸国と連絡を取り合う際、各国にあるドイツ大使館をイスラエル側の窓口として使って良いと提案した。 (Germany to represent Israel in Islamic countries)

 イスラエル政界を席巻する米国系の右派はイスラム側を敵視する亡国策を突っ走るが、政権中枢のネタニヤフやリブニは、イスラム側と和解するしか救国の道はないと考え、右派や米政府に妨害されつつパレスチナ和平を進めようとしている。かつてシャロン首相が右派の妨害を抑止してパレスチナ和平(分離策)を進めるため、自分が党首だった右派政党リクードから離脱して中道的な新党カディマを作ったように、今後、ネタニヤフがリクードから離脱して中道的な新党を作り、パレスチナ和平を一気に進める可能性も指摘されている。 (Israeli Polls Show Support for Netanyahu Forming New Party) (Netanyahu's AIPAC speech: A red alert for settlers)

 ドイツは、和平しかないと考えるイスラエル中枢の本心を知っており、これまでさんざんイスラエルからホロコーストの濡れ衣などで攻撃され、大金をむしられはずかしめを受けてきたにもかかわらず、静かにイスラエルを救おうとしている。ドイツは、こうした行為が、これまでの濡れ衣的な悪評を解消し、自国の長期的な影響力の拡大につながることを知っている。ドイツの外交姿勢はすばらしい。日本も少しは見習うべきだ。 (ドイツの軍事再台頭)

 前回までの2本の記事で述べたように、ウクライナ危機は最終的に、ユーラシア西部における米国の影響力の低下と、ドイツとロシアの接近につながると予測される。ドイツはもともとイランとも親しい。イランやイスラエルやシリアの問題は、しだいに米国による敵対扇動政策を脱却し、ドイツやロシアや中国の仲裁により、和解や安定化の方向に進むことが期待される(その前に米国系右派が中東大戦争を誘発しようとするかもしれない)。 (Is a new Israel-Lebanon war looming while the world is busy with Ukraine?)

 かなり話が拡散してしまった。ウクライナ、ロシア、ドイツ、米国、英国、日本、イスラエルにまたがる話なので、話が拡散するのはしかたがない。今回のウクライナ危機は、国際政治の転換点になりそうだ。トルコのこと、ベネズエラなことなど、ウクライナ危機との関連で書いていない話がまだかなりある。
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