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田中宇史観:世界帝国から多極化へ

田中宇史観:世界帝国から多極化へ
2017年10月13日   田中 宇

 国際政治で最も重要な視点は「覇権」だ。覇権とは、ある国(覇権国)が他の国(従属国)に対し、軍事占領や植民地化といった具体的な支配方法によってでなく、もっと隠然と影響力を行使して、事実上支配する行為や状態のことだ。20世紀初頭まで(前近代。大英帝国の覇権の時代まで)は、軍事占領や植民地といった露骨な国際支配が認められていたが、その後、2度の大戦を経て、世界のすべての地域の人々が独立国家を持つ状態が作られ、すべての国家が平等であり、ある国家が他の国家を支配してはならないという国際秩序が作られた。露骨な国際支配は国際法違反とされ、国連によって制裁される建前になった。 (覇権の起源)

 だが、その後も、強い国が弱い国々を支配する状態は変わっていない。植民地や軍事占領でなく、隠然とした覇権のかたちで支配が続いている。ゴリゴリの対米従属である戦後の日本が象徴的だ。覇権は隠然としており、公式には存在していないことになっているので分析が難しい。戦後の日本では(自国の対米従属を隠蔽するため)覇権分析が正当な学問とみなされていない。 (日本の官僚支配と沖縄米軍)

 私が見るところ、覇権には、地域覇権と世界覇権の2種類がある。近代以前の言い方をするなら、地域帝国と世界帝国の2種類だ。地域覇権・地域帝国は、強い国が、自国の周辺の(もしくは経済的、思想信条的につながりがある)弱い国を支配するものだ。強い国の視点に立って存在している。これと対照的に、世界覇権・世界帝国は、先に「世界」という枠組みが存在し、その全体をどうやって支配するかという戦略やグランドデザインの問題になる。

 地域覇権・地域帝国の最も顕著な例は中国だ。ユーラシア東部の「陸の大国」である中国は、古代から、地理的な必然性として、自国の安定を維持するため、自国の辺境やその先の周辺諸国を支配する必要があった。中国帝国が強い時代は版図が大きくなり、中国が弱体化すると版図も小さくなり、中国自も内部分裂する。現在の習近平の中国は、史上最大に近い影響圏・版図だ(モンゴル帝国に次ぐ広さ)。中国という存在が先にあり、中国自身の強さに応じて帝国の広さや状況が変わる。 (600年ぶりの中国の世界覇権)

 これに対し、世界帝国は、欧州人(スペイン、ポルトガル、英国など)が、15-16世紀の「地理上の発見」によって、世界のかたち(球形)や大きさを、人類史上初めて公式に把握したところから始まっている。中華帝国やローマ帝国は、世界がどのくらいの広さかに関係なく運営されていたが、スペインポルトガル以降の欧州人の世界帝国は、そうでない。先に世界が「発見」され、どうやってそのすべてを支配するかを考案し続けるという、概念や戦略が先行したのが世界帝国・世界覇権である。 (米中逆転・序章)

 世界を「発見」した直後、スペイン1か国で支配するには広すぎたので、スペインとポルトガルで談合して世界を分割した。それでも帆船で世界を支配するのは難儀で、細長い航路の周辺しか支配できなかった。効率の良い世界支配への技術革新が続けられ、18世紀に英国で蒸気機関が開発され、汽船や鉄道が誕生し、交通の効率が飛躍的に向上した。世界帝国の運営が一気に効率的になり、産業革命をなしとげた英国が世界帝国(大英帝国)の所有者・運営者となった。産業革命は、鉄鋼の生産効率の向上、軍事力の増大にもつながり、オスマントルコや中国の清朝といった欧州以外の地域帝国を次々と潰し、欧州人による世界支配が確立した。 (世界史解読:欧州の勃興)

▼産業革命後、世界帝国は世界市場になった

 産業革命は、世界帝国(大英帝国)を強化したが、同時に、帝国を解体する方向の要素としても働いた。それまでの世界帝国の運営は、支配地域からの略奪か、もしくは欧州で売れる物品の採掘や栽培を植民地に強要するやり方だったが、産業革命によって欧州の工業製品の生産力が急拡大すると、欧州が作った工業製品を買わせる市場として、植民地が重要になった。植民地の人々を、工業製品を買える「消費者」に仕立てるには、まず植民地の人々をある程度豊かにして、貧困層を脱して中産階級にしてやらねばならない。それまでの、植民地からできるだけ収奪しようとする戦略からの転換が必要になった。 (資本主義の歴史を再考する)

 もう一つ、産業革命を実現した投資家たちがやりたがった、大英帝国の解体につながる事業が、産業革命を英国から全世界に広げていくことだった。産業革命は、経済を急成長させ、投資家を大儲けさせるが、20-50年たって産業革命(工業化)が一段落すると、成長が鈍化して儲けが減る。儲けを極大化するには、いつまでも英国だけに投資するのでなく、まだ産業革命を経験していない、貧困で「遅れた」地域に投資して産業革命を誘発する必要がある。長期的に、投資家は「焼き畑農業」のように、次々と新たな新天地に投資を移していく必要がある。

 植民地を工業化すると、経済発展し、人々が豊かになって「消費者」になる。植民地を消費地にすることと、資本家の焼き畑農業戦略は、同一の趣旨を持っていた。植民地を経済発展させるには、宗主国が好き勝手に植民地を一方的に収奪されてきた状態を壊す必要がある。産業革命後、資本家にとって、世界帝国は、世界市場に変質した。この変質、世界帝国(大英帝国)の解体のために扇動されたのが、19世紀末からの世界的な「植民地独立」を求める政治運動だった。

 植民地独立の世界的な運動は、植民地の人々が政治的に覚醒して民族自決の意識を持つようになり、欧州の宗主国の人々が、それを「人権重視」の理想主義の観点から支持容認した結果であると、教科書で説明されている。だが、英国など欧州の宗主国は、植民地の人々を政治覚醒させぬよう、細心の注意を払っていたはずだ。しかも、事態を動かす力は、理想主義より現実の利害の方がはるかに強い。植民地の人々が独立を求めるようになったのは、植民地の人々が頑張ったからというより、宗主国の資本家が、儲けを増やすため、宗主国政府の植民地運営の方針にこっそり逆らって、植民地の独立運動を煽ったからだと考えられる。正史が理想主義史観を採るのは、その方が人々のやる気を鼓舞し、社会的な効率が良くなるからだ。

 いったん植民地から独立した世界中の新興の国民国家群が、再びどこかの大国に征服されて植民地に戻らないよう、国家が他の国家を軍事占領したり植民地支配することを禁止する世界的な規範(国際法)が作られた。すべての国家が対等であるとの建前が作られた。世界帝国は世界市場になり、帝国は覇権国に変質した。帝国は、時代遅れな歴史的遺物になった。大英帝国は、英国自身を富ますための仕組みから、できるだけ効率的に世界市場の安定を守るための機能に変わった。これらはすべて、資本の論理に基づいていた。 (資本の論理と帝国の論理)

▼世界帝国を起案したのも、帝国を市場に変えたがるのもユダヤ資本家

 近代以前の欧州において、資本家のほとんどがユダヤ人だった。スペインやポルトガルの王室に資金提供し、地理上の発見や世界帝国の戦略を作ったのもユダヤ資本家たちだ。古来、地中海周辺の全域に住んでいたユダヤ人は、中東イスラム世界と欧州キリスト教世界の両方に通じており(イスラム世界は、一神教の先輩としてユダヤ教徒を受容してきた)、イスラム世界が持っていた高度な航海技術や地図類をスペインとポルトガルに伝授し、資金と技術の両面で地理上の発見を推進にした。世界帝国は、ユダヤ資本家の創造物だった。 (覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク)

 その後、ユダヤ資本家たちは、ユダヤ人迫害を強めるスペインを見捨て、スペインから独立したオランダに移り、世界覇権の主導役もオランダに移った。さらにその後、英国がユダヤ資本家を厚遇したため、資本家と覇権の両方が英国に移り、産業革命が実現された。ユダヤ資本家は、世界帝国の発案者だっただけでなく、その後、今に至る世界帝国・世界覇権の運営を手がけ、スペインからオランダ、オランダから英国、英国から米国へと「覇権ころがし」をやってきた。米国でも英国でもロシアでも、覇権をめぐる運営や発案、描写を手がける高官や外交官、学者、歴史家、記者には、ユダヤ人が多い。世界帝国・覇権の黒幕的な運営は、ユダヤ人の天職である。(覇権運営をユダヤ人に依存していないのは、生来の地域覇権国である中国だけだ。その中国でさえ、キッシンジャーが訪中すると大歓迎して教えを請う)

 世界の帝国・覇権体制の近代化をうながした要素として、産業革命と並ぶもうひとつが、フランス革命に始まる「国民革命」だ。王制を倒し、主権在民の共和制を敷いたことで、王侯貴族に労働や納税、兵役を強制されて嫌々ながら働いていた農奴や臣民は、国民革命を経て「国家の主人」とおだてられて俄然やる気になり、喜んで労働、納税、兵役をこなす「国民」に変身した。ナポレオン率いるフランス国民軍はすすんで戦い、他の諸国のやる気のない傭兵軍よりはるかに強かった。

 産業革命がモノ(機械)の効率化だったのと対照的に、国民革命(フランス革命)は人々(社会)の効率化だった。国民国家は、封建国家より、はるかに効率的だった。英国をはじめとする王政の諸国は、これを見て、王政を維持しつつ、国民に部分的に主権を与えてやる気を出させる立憲君主制(擬似的な国民国家体制)に移行していった。

 ユダヤ人はここでも、フランス革命の黒幕的な推進役として登場する。資本家(=ユダヤ人)にとって、社会を効率化する国民革命と、機械を効率化する産業革命は、自分たちの投資の儲けを増やす策だった。投資家たちは、投資の利益を増やすため、2つの革命を、英仏だけにとどまらせず、全世界に拡大することを画策した。覇権国だった英国は、欧州征服を狙ったナポレオンを何とか退治した後、1815年にウィーンに欧州諸国を集め、まだ国家としてまとまっていなかったドイツとイタリアを、国民国家としてまとめていくことを決定した。 (国家と戦争、軍産イスラエル)

 ドイツとイタリアは、住民がドイツ人やイタリア人としての意識を高めて国民国家を創設するより先に前に、英国によって、あらかじめ国民国家になることが決められていた。覇権や国際体制は自然・偶然に形成されているかのように見えて、偶然や理想主義の発露に見せかけること(歴史家や記者による正史の形成)も含めて、黒幕的な設計者がいると感じられる。黒幕がいると指摘する者を陰謀論者・ユダヤ人差別主義者として社会的に抹殺する装置も用意されている。

▼しぶとく黒幕化して覇権を維持した英国

 その後150年ほどかけて、世界的に植民地の独立運動が進み、世界中が国民国家で埋め尽くされていった。この動きが興味深い点は、英国自身が、世界覇権(大英帝国)の永遠の存続を望む一方で、自らの世界体制を解体消滅させる植民地の相次ぐ独立を容認したことだ。英国は、旧来の王国勢力(アングロサクソン)が、世界覇権の運営勢力(ユダヤ資本家)を招き入れて合体することで、覇権国である大英帝国になった。だが、産業革命によって英国の覇権力が強まると同時に、世界中に産業革命を広めようとする資本家の欲求が強くなり、帝国の永久繁栄を望むアングロサクソン的な要素より、世界経済全体の繁栄を望むユダヤ的・資本家的な要素が優先されるようになった。「帝国と資本の相克」が大きくなった。 (多極化の本質を考える)

 英国の上層部で、英国自身の強さの維持を望む勢力が、英国より世界の発展で儲けたい資本家勢力と談合して決めたことは、植民地の独立を容認し、世界中を国民国家で埋め尽くす転換をやっても良いが、作られる一つずつの国民国家をできるだけ大きくせず、英国よりもはるかに大きい国民国家を作らないようにすることだった。 (大均衡に向かう世界)

 英国より大きな国民国家がたくさん作られると、それらの諸国はいずれ英国より大きな経済力・国力を持つにいたり、相対的に英国の力が弱まってしまう。英国と同じくらいの大きさの国民国家が世界中を埋め尽くす状態なら、英国は外交技能を駆使して、それらの国々の主導役をやっていられる。英国は、ナポレオンがスペインを征服し、南米大陸でスペインの植民地が独立する際、バラバラの小さな諸国として独立するように扇動した(ポルトガル領だったブラジルだけは手を出せず、大国になった)。英国はまた、中近東(サイクスピコ条約)やアフリカ、中国の分割も画策している。中国の分割は、米国の妨害で実現しなかった。 (アフリカの統合)

 英国から欧州大陸に産業革命が広がった結果、ものづくりがおたく的にうまいドイツが、英国をしのぐ経済力を持つようになった。産業革命のアジアへの拡大は、日本の台頭を生じさせた。経済的に劣勢になった英国は、政治や軍事で、ドイツなどの新興大国に対抗し、この過程で2度の世界大戦が起きた。資本家の側から見ると、2度の大戦は、英国とドイツ(独日)を戦わせて相互に破滅させ、残りの世界の諸国(世界中の植民地)を支配から解放し、戦後の世界的な経済発展を引き起こそうとする動きだ。 (真珠湾攻撃から始まる覇権分析)

 大戦によって大英帝国が消滅し、代わりに国際機関(国際連盟や国際連合)が世界を運営する機能を引き継ぐ「覇権の機関化」「覇権の超国家化」が、大戦によって画策された。世界の支配権(覇権・帝国)を一つの国が握っている限り、その国が世界から収奪する傾向が続き、世界の発展が阻害される。英国とドイツなどが覇権を奪い合って大戦争になる可能性も続く。だが、国際機関を作って覇権(世界運営)を委ねる「覇権の機関化」をすれば、世界の発展を極大化できるし、戦争の発生も国際機関の調停・裁定によって防げる。世界の市場化、世界中を国民国家で埋め尽くす植民地の独立、覇権の機関化(国際連盟などの創設)という3つの現象は、表裏一体のものだった。

 この3つの現象を鼓舞・主導する役割を演じたのが、20世紀初頭の米国だった。英国(ロンドン)から米国(ニューヨーク)に資本家の中心地が移動する事態が、19世紀末から起きていた。それまで、世界の支配権の争奪戦は、欧州などユーラシア大陸で起きていたが、米国は、ユーラシアから遠く離れた孤立的な米州大陸にあった。米国は、世界の新興大国の一つだったが、地理的な理由から、諸大国間の覇権争いに参加せず、超然としていた(モンロー宣言や、中国に関する門戸開放宣言など)。米国は、世界大戦によって英国など欧州の諸大国が相互に自滅した後、覇権の機関化を主導する役割としてうってつけだった。 (世界のデザインをめぐる200年の暗闘)

 だが、国際的な策略の技能としては、米国より英国の方が上だった。米国は、英国の側に立って途中から第一次大戦に参戦し、参戦の見返りに、戦後の世界体制を構築する主導権を英国に譲渡させ、国際連盟を作った。だが、英国は国際連盟の運営に協力せず、ドイツや日本の覇権拡大を止められなくなり、第2次大戦が起きた。米国は再び、戦後の世界体制を構築することを条件に、英国の側に立って参戦し、日独を倒し、戦後の覇権の機関化策として国際連合を作った。だが、国際連合の体制も、発足から2年後に、英国によって米ソ対立の冷戦構造を構築され、機能不全に陥った。 (ヤルタ体制の復活)

 国際連合(と国際連盟)は、諸大国の談合によって戦争を抑止する安全保障理事会(常任理事国)の「覇権の多極化」の体制と、一カ国一票ずつの投票で世界を運営していく総会の「覇権の民主化」を組み合わせて機能させていた。世界の安定を維持するには、安保理常任理事国の5か国(P5)が相互に対立せず、仲良くすることが必要だった。英国はこの点を突き、終戦から2年後の1947年にチャーチル首相が訪米して発したロシア敵視の鉄のカーテン演説を皮切りに、米国とソ連の敵対を扇動し、P5が米英仏と中ソで対立して分裂するよう仕向け、国連による世界運営を機能不全に陥らせた。英国(帝国維持派)の策略により、米国(資本家)が画策した覇権の機関化は頓挫した。 (隠れ多極主義の歴史)

 同時に英国は、米国の政権内や政界、言論界で、ソ連や共産主義(中ソ)を敵視する勢力が権限を握るように誘導した。第2次大戦中、英国は、戦争に勝てるようにするという口実で、米英の軍事諜報やプロパガンダの部門を連携・統合したが、戦後、英国はこの機能を使って米国の軍事諜報・プロパガンダ部門に入り込んで隠然と牛耳り、ソ連敵視、国連の機能不全、ソ連と敵対するNATOを作って国連でなく米国・米英同盟が世界戦略を決定する米国(米英)覇権体制の構築などを推進し、米国の戦略決定機構を英国好みに改造してしまった。 (覇権の起源:ロシアと英米)

 英国に隠然と牛耳られた米国の軍事諜報・プロパガンダ部門が「軍産複合体」である。CIA、国防総省、国務省、各種シンクタンク、マスコミ、学界などが含まれている。米国の諜報機関であるCIAは戦時中、英国(MI6)からの技術指導によって創設されており、最初から英国(のスパイ)に入り込まれている。

 ニューヨークの国連本部は、当時の最有力資本家だったロックフェラー家が寄贈した土地に作られた(ロックフェラー家自身は非ユダヤだが、その周辺はユダヤ人に満ちている)。米国の資本家が、覇権の機関化(英国覇権の解体)を推進したことが見て取れる。しかし、米国の世界戦略を練るためのシンクタンクとしてロックフェラーが戦時中に作ったCFR(外交問題評議会)は、創設時から、英国の戦略立案機関である王立国際問題研究所(チャタムハウス)の姉妹機関として作られており、CIAと同様、最初から英国に入り込まれている。

▼冷戦終結で資本側が勝ったが911で帝国側がクーデター的返り咲き

 英国は、第2次世界大戦に参戦してくれた米国に対し、旧覇権国として、覇権運営を教えてあげると言いつつ、米国の戦略部門を隠然と乗っ取ってしまった。米国は、覇権を英国から引き剥がして国連に移転する覇権の機関化をやりたかったのに、冷戦勃発、軍産複合体による隠然クーデターによって、米国自身が国連無視、左翼敵視(=途上国敵視)の好戦的な覇権国として振る舞うという「ミイラ取りがミイラになる」事態になった。

 それ以来、米国は、英国や軍産複合体に牛耳られてソ連を敵視する状態から脱する「冷戦終結」を実現するまでに、40年以上もかかっている。軍産との暗闘の末、ケネディが殺され、ニクソンは辞めさせられた。ソ連の経済運営が失敗し、80年代のアフガニスタン占領でソ連がさらに疲弊し、親欧米的なゴルバチョフが権力を持ったことを突いて、レーガンが89年に米ソ和解を果たした。ソ連は崩壊し、米国は、ドイツ(英国の仇敵)を英国好みの「東西恒久分割の刑」から救い出して東西統合させ、EU統合を始めさせた。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 レーガン政権は巧妙だった。軍産の黒幕だった英国に対し、米英が共同で金融財政面から世界を支配する「金融覇権体制」(債券金融システムの運営権。投機筋を使って他の諸国を財政破綻させられる「金融兵器」)を与えて懐柔し、英国を軍産から引きはがした上で、軍産英国が維持していたソ連敵視の冷戦構造を崩した。 (金融覇権をめぐる攻防)

 英国は、旧覇権国として19世紀から国際政治(外交)のシステムを作って維持してきただけに、冷戦下の世界戦略を運営する米国の軍産の黒幕として高い技能を持っていた。英国に去られた軍産は力を失った。冷戦後に米政権をとったビル・クリントンは、英国のブレア政権と組み、G7諸国をしたがえて経済主導の世界運営を行う一方、米国の軍事産業を縮小し、合理化・統廃合を進めた。覇権が経済主導になり、軍事主導だった「歴史の終わり」が語られた。帝国と資本の暗闘は、冷戦終結とともに、資本が大幅に強くなった。

 窮乏していた軍産を救ったのは、以前から米政界に影響力を持っていたイスラエル右派勢力だった。彼らは、米国が半永久的にイスラエルを守る体制を作ることを目的に、中東のイスラム諸勢力(アルカイダ、ハマス、ヒズボラ、イラン、サダムフセインのイラク、タリバンなど)の米国敵視を扇動し、米国が、中東イスラム過激派との間で、米ソ冷戦に代わる恒久対立(第2冷戦)を行う状態を作ろうと画策した。策略の皮切りは90年の湾岸戦争だったが、米側が慎重でイラクに侵攻しなかった。

 米国はイスラエルに、パレスチナ・アラブ側と和解させる中東和平を押しつけ、イスラエルの左派はそれに乗ってラビン首相が95年にオスロ合意を締結した。だが、イスラエル右派は97年にラビンを暗殺して中東和平を壊し、同時に米国の軍産と組んで、イスラム過激派にテロリストのレッテルを貼り、イスラム世界との第2冷戦の対立構造を作っていった。軍産イスラエルの圧力を受け、クリントン政権は98年ごろからイスラム敵視の姿勢を強めた。

 イスラムとの第2冷戦(テロ戦争)の構造が劇的に立ち上がったのが、米政府が共和党ブッシュ政権に交代して間もなく起きた、01年の911テロ事件だった。米当局(軍産)の自作自演性が感じられる911は、軍産イスラエルによる米国の乗っ取り、クーデターだったと言える。米政府の戦略は、アフガニスタンやイラク、イランなどに対する敵視が席巻し、中東以外との関係が軽視され「911後、米国は中東の国になった」とまで言われた。米軍を自国の「衛兵」にするイスラエル右派の策略は、911によって見事に結実した。軍産が、米政権の中枢に返り咲いた。帝国と資本の相克において、資本側がまさっていた時代は、冷戦終結から11年しか続かなかった。

▼隠れ多極主義でないと軍産支配に勝てない

 911後、軍産イスラエル(=帝国)の恒久支配が続くと思われたが、何年かたつうちに、事態はそうならず、奇妙な展開をするようになった。911後、米国は、アフガンとイラクに侵攻して占領を開始し、中東を軍事で政権転覆して強制民主化(恒久占領、傀儡化)を進める戦略を打ち出した。だが、これらの戦略を立案したブッシュ政権中枢のネオコン(多くがユダヤ人)は、恒久占領や傀儡化に必要な、緻密な安定化戦略を初めから立てず、しかもイラク侵攻時の開戦事由として使ったイラクの大量破壊兵器保有が捏造したウソ(濡れ衣)であり、それが侵攻前からバレていた。

 これらは、戦略立案者としてあまりに稚拙であり、少なくとも未必の故意である。似たような稚拙な過激策を中東各国で次々と繰り返したことからみて、うっかりミスでなく、意図的なものと考えられる。どうやらネオコンは、わざと稚拙で過激な戦略を大胆に実行し、米国の中東支配戦略を失敗に至らせることで、軍産イスラエルの戦略を破綻させる役割を担ったようだ。ネオコンの多くは、イスラエル右派を標榜するユダヤ人だが、同時にロックフェラー家が運営費を出してきた国際戦略立案のシンクタンクCFR(外交問題評議会)のメンバーでもある。

 ネオコンは表向き軍産イスラエル(帝国)の一味のようなふりをして軍産に入り込んで戦略立案を任されたが、実は資本家が送り込んだスパイで、稚拙な策を過激に展開し、軍産の策をわざと失敗させ、米国の覇権を意図的に低下させたと考えられる。私は彼らのような存在を、単独覇権主義者(帝国側)のふりをして単独覇権を壊し、覇権の多極化(機関化)へと誘導しようとする勢力(資本側)と考えて「隠れ多極主義者」と呼んでいる。(ネオコンは一枚岩でなく、本当に軍産の一味だった人もいただろうが、スパイの世界=軍産内部は本当とウソの見分けがつかないので分析は困難だ) (ネオコンの表と裏)

 ネオコン(資本家の側)が、隠れ多極主義などという手の込んだ策略をとる必要があった理由は、911によって軍産イスラエルが構築した新体制が、軍産の「戦争プロパガンダ」の機能を活用した強固なもので、正攻法で壊せなかったからだ。戦争プロパガンダは、戦時にマスコミ・言論界・政界・諜報界などが国家総動員で、敵国=悪・自国=善の構図を作って全国民を信じこませる(信じない者を弾圧する)機能で、第2次大戦で世界的に確立された。軍産英国は、この機能を使ってソ連敵視の冷戦構造を確立し、当時の覇権の多極化体制(米ソ協調。ヤルタ体制)を潰している。 (歴史を繰り返させる人々)

 戦争プロパガンダは、いったん発動されると、それに逆らうことや沈静化させることが非常に難しい。マスコミが911の自作自演性を全く報じないのは、それが戦争プロパガンダの範疇だからだ。911のアルカイダ犯人説や、イラクの大量破壊兵器、イランの核兵器開発は、いずれも米国の諜報界がでっち上げた自作自演・濡れ衣なのだが、戦争プロパガンダなのでウソが露呈しない。米政府は、イラクの占領に失敗した後、侵攻前のイラクに大量破壊が存在していなかったことを静かに認めた。だが、911と、イランの核開発については、今でもウソが「事実」としてまかり通っている。IAEAは、イランが核兵器開発していないことを静かに認めたが、米国のマスコミはその後も、イランが核開発していると喧伝し続けた。軍産プロパガンダのウソを指摘する人々は「頭のおかしな人」「左翼」「陰謀論者」「売国奴」などのレッテルを貼られ、社会的に抹殺される。資本家側は、軍産がでっち上げたウソを受け入れざるを得なかった。 (ネオコンと多極化の本質)

 911後のイスラム敵視の戦争プロパガンダの体制下において、ウソをウソと言うのは困難だが、イスラム敵視の稚拙な濡れ衣を粗製濫造することは許され、むしろ奨励された。ネオコンはこの線に沿って、あとでバレやすい稚拙な濡れ衣や、米国では受け入れられるが欧州など他の同盟諸国の同意を得られない過激な濡れ衣をどんどん作った。 (CIAの反乱)

 イラク侵攻後、大量破壊兵器の開戦事由がウソだったことが露呈し、イラク占領も失敗が確定したことにより、米国の国際信用(覇権)は大幅に低下した。戦争プロパガンダを使った軍産の独裁体制を壊すには、プロパガンダのウソを指摘するやり方ではダメで、プロパガンダに乗って稚拙なウソに基づく過激な戦略をどんどんやって失敗させるネオコンやトランプのやり方が、おそらく唯一の対抗策だ。だから、ネオコンやトランプは、稚拙で過激な路線をとっている。

▼トランプのネオコン戦略

 冷戦後、クリントン政権の時代は資本の側が勝っていたが、ブッシュ(W)政権になって911で帝国の側が盛り返した。しかし、それもネオコンの隠れ多極主義戦略によって自滅させられた。冷戦後、米国が英国を誘って作っていた金融覇権体制(債券金融システム)も、ブッシュ政権末に起きたリーマン危機で壊れた。債券金融システムは、中央銀行群によるQE(資金注入)によって表向き延命・バブル膨張しているが、いずれQE(や金融規制緩和などの延命策)が終わるとバブルが崩壊して潰れる。金融覇権も、すでに潜在的に死んでいる。 (さよなら先進国) (やがて破綻するドル)

 オバマ政権は、イラクから米軍を撤退し、イランと核協定を結んで核の濡れ衣を解いた。これらの策は、ブッシュ前政権下でネオコンが失墜させた米国の国際信用の回復を狙うもので、それを見ると、オバマは米国の世界覇権を維持回復しようとしたと感じられる。だが同時にオバマは、シリア内戦の解決をロシアに頼み、中東を、米国の覇権下から露イランの覇権下に押しやるという、覇権の多極化も手がけている。 (軍産複合体と闘うオバマ)

 そして今のトランプ政権になって、米国は再び、帝国と資本の相克が激化している。トランプは、選挙戦段階から、世界に覇権を行使しようとする米国のエスタブリッシュメント(=軍産)と対立し、軍産の一部であるマスコミに敵視され続けている。帝国と資本の相克、米国覇権を維持しようとする勢力と、米覇権の自滅や放棄、多極化を画策する勢力との対立構造の中で、トランプは資本や多極化の側にいる。トランプは当初、ネオコンを覇権主義勢力とみなして敵視していたが、大統領に就任し、ロシアと和解する正攻法の戦略を軍産に阻止された後、正攻法よりも隠れ多極主義の方が良いと気づいたらしく、ネオコンの戦略を採り入れた。 (トランプ革命の檄文としての就任演説)

 トランプは北朝鮮に対して今にも先制攻撃しそうなツイートを発信したり、イランとの核協定を離脱して経済制裁を強めそうなことを言ったりして、これ以上ないぐらい好戦的な姿勢をとっている。政権内の軍産系の側近たちは、北との戦争にも、イラン核協定からの離脱にも反対しており、トランプは軍産がいやがる過激策を稚拙にやりたがるネオコン策をやっている。実際のところ、米国が北を先制攻撃すると、北からの報復で韓国が壊滅するので、米国が北を先制攻撃することはない。イランへの制裁も、トランプは自分でやらず米議会に決めさせようとしており、米議会は制裁に乗り気でないので実現しない。トランプは、過激なことを言っているだけだ。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃)

 トランプが過激で稚拙なことを言うだけの戦略をとり続けると、国際社会で米国への信用が低下し、対照的に、現実的な国際戦略をやっているロシアや中国への信用が高まる。北もイランも、露中の傘下で問題解決されていく道筋が見え始めている。米国の信用が低下し、露中の信用が上がるほど、安保理常任理事会での露中の主導権が強まり、世界を安定させる国連の機能が復活する。一見無茶苦茶なトランプの言動は、覇権の多極化と機関化を推進している。 (多極型世界の始まり)

 トランプは最近、国連機関であるユネスコからの脱退を決めたが、こうした国連敵視策も、国連を弱めるのでなく、逆に、米国抜きの国連が世界を運営し、米国は孤立して弱体化することにつながる。ロシアも中国も、米国の軍産に比べると、安定した世界を好む傾向がはるかに強い。露中が台頭すると世界が悪化すると思っている人は、軍産のプロパガンダを軽信してしまっている。

 トランプが20年の選挙で負けて1期4年で終わり、次に民主党の巧妙な大統領が出てくると、トランプの覇権放棄策が無効にされ、米国覇権の再建が試みられるだろう。だがトランプが2期8年続くと、その間に露中主導の多極型覇権が定着し、米国から自立して国家統合するEUもそこに加わり、その後の米国の覇権回復が難しくなる。

 19世紀末以来、人類は百年以上、帝国と資本の相克・暗闘に翻弄されてきた。19世紀末に、大英帝国の運営者が、帝国の解体と市場化に全面賛成していたら、百年以上前に「歴史の終わり」が実現していただろうが、実際の歴史はそうならず、人類の近代史は丸ごと相克になっている。トランプが、この相克を終わりにできるのかどうか、まだわからない。
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