ロシアは孤立していない

ロシアは孤立していない
2014年9月3日   田中 宇 より転載


 8月29日、英国がEUに対し「ロシアをSWIFTから追放する金融制裁をすべきだ」と提案した。SWIFT(国際銀行間金融通信協会)は、銀行間で送金する際、どの口座にいくら送るかといった送金情報を、途中で改竄・盗み見されることなく送るためのシステムだ。世界の1万社近くの金融機関が加盟している。SWIFTはベルギーに本部がある協同組合なので、EUに監督権がある。そのため英国は、EUに対露制裁としてのSWIFT追放を提案した。追放されると、ロシアの金融機関は国際送金が困難になり窮乏する。EUは2012年に核問題でのイラン制裁の一環として、イランをSWIFTから追放している。 (U.K. Wants EU to Block Russia From SWIFT Banking Network)

 SWIFTは、送金情報が盗み見されることを防ぐシステムだが、世界には、SWIFTを大っぴらに盗み見している機関が存在する。それは米国の信号傍受諜報機関のNSA(国家安全保障局)である。NSAは「テロ戦争」の一環として、テロ組織内の送金を監視する名目で、SWIFTのシステム内のすべての送金情報をコピーしてNSAのデータベースに入れている。(NSAは、ビザなどクレジットカードの世界中のすべての決済データもコピーしてデータベースに入れている) (NSA Spies on International Bank Transactions)

 NSAはテロ対策の名目でSWIFTの送金情報を集めているが、集めた情報は、テロ組織だけでなく、米国が敵視するすべての国家の送金活動を監視するためにも使われている。NSAは、北朝鮮やイラン、シリア、そして最近では中国やロシアの銀行間の送金内容に関心がある。当然ながらロシアや中国などの政府は、NSAに監視されているSWIFTを、できれば使いたくない。 (he SWIFT Takeover: With "Follow The Money", NSA Knows All About Your Spending Habits)

 特にロシアは、米国からさほど敵視されていなかった以前、米国に監視されるのを我慢してSWIFTを使っていたが、今春にウクライナ危機が始まってからは、SWIFTに代わる送金情報送付システムを求めるようになった。ロシアは送金情報システムだけでなく、ビザやマスターカードに代わる、米国に監視されないクレジットカードのシステムを求めるようになり、中国独自の銀聯システムとの連携を強めたり、日本独自のJCBカードに学ぶ試みを行ったりしている。 (Russia to create its own national payment system, Putin says)

 そのような中で、英国がロシアをSWIFTから追放しようとしていることは、ロシアを困窮させるのでなく、むしろロシアがSWIFTに代わる送金情報システムを構築する努力を加速している。ロシア政府は、中国やブラジルなどBRICS諸国を巻き込んだ、世界的な銀行送金情報システムを作ることを計画している。クレジットカードについては、中国の銀聯システムをロシアに広げてビザなど米国勢への依存を減らす動きが広がっているが、銀行送金については具体的な代替策が実現しておらず、構想段階だ。いったんロシアや中国などがSWIFTに代わる独自の銀行送金情報システムを稼働したら、そこには米国に銀行情報を盗み見されたくない多くの国々が入り、その分だけNSAは世界の送金情報の監視が難しくなる。これは、諜報分野における米国覇権の陰りを意味する。 (Kick Russia Out Of SWIFT, UK Demands; But Beware The Retaliation...)

 ロシアがSWIFTから離脱する件は、諜報分野の話として注目されているが、米欧がウクライナ問題でロシアを経済制裁するにつれ、ロシアが米欧との経済関係を断ち切って、中国などBRICS・新興市場諸国との関係を強化しようとする話は、全体として、従来の米国中心の国際金融経済システム、米経済覇権をロシア主導で崩そうとする、国際政治(地政学)的な動きである。ウクライナ危機は本質的に、米露間の金融覇権戦争だ。米覇権(ブレトンウッズ)と多極型BRICS(新世界秩序)という、2つの世界秩序の戦いでもある。 (The Beginning of World Shift) (New World Order at Stake of US-Russia Geopolitical Competition - Political Analyst)

 ロシアは、BRICSや上海協力機構(中露協調の国際組織)を、米国の覇権システムに対抗できる多極型の国際秩序に発展させたいと考えている。上海機構は、9月12日にタジキスタンで年次サミットを開くが、ロシアは、そこでインドやイランなどのオブザーバーの諸国を上海機構に正式加盟させたいと、中国に提案している。インドは、すでに中露から加盟を承認されたという報道も出ている。 (Delhi gears to join China-Russia club)

 BRICSはすでに今春、戦後の米国覇権を金融面で支えてきたIMF・世界銀行に対抗するBRICS開発銀行の創設を決定している。金融危機に備え、BRICS各国が持つ外貨を共同備蓄する機関だ。ロシアは、BRICSが金融だけでなく、エネルギーや食糧の安全保障、武器製造・管理などの面でも共同で備蓄や開発、管理を行うシステムを作ることを提案している。その多くは構想段階のようだが、BRICSは自分たちの動きを米欧のように頻繁に報道発表せず、秘密裏に動くので進捗状況がわからない。 (Moscow eyes joint development of weapons within BRICS) (New BRICS Institutions Highlight the Changing Global Financial Order)

 ロシアは先日、米欧の対露経済制裁への報復として、米欧からの食料輸入を止め、代わりに中南米などBRICSや発展途上諸国から食料を輸入し始めた。ロシアはこの動きと合わせて、BRICSで食料を共同備蓄する機関を作ることを提案している。ロシアは、米欧から制裁されるほど、BRICSを新世界秩序として強化する動きに拍車をかける。米欧では、ロシアが制裁されて孤立化を深めていると報じられているが、この見方は米欧の独りよがりだ。対露制裁はロシアの孤立でなく、世界の多極化、米国覇権の不安定化につながる。 (BRICS Bank, Now BRICS Food Bank)

 ウクライナ危機で、ロシアがウクライナ経由でEUに大量のガスを輸出していることが話題になり、EUがロシアからのガス輸入を減らしてロシアを困らせることを米国などが提案したが、これに対抗してロシアは今夏、BRICSに石油ガスの共同備蓄のシステムを新設するとを提案した。 (Russia to Suggest Creating Energy Association During BRICS Summit - Kremlin)

 これらのロシアの提案は、いずれも実現まで何年もかかる。今後米国のロシア敵視が長期化して新冷戦のような状況になると、ロシアがBRICSを米国覇権に対抗する世界秩序に仕立てる動きが具現化する。米国の右派や、日本など同盟諸国の対米従属派は、ウクライナ危機を機に米露冷戦が再発し長期化しそうなことを喜んでいるが、この新冷戦は最終的に多極化や米国覇権の衰退につながる。 (◆米国自身を危うくする経済制裁策)

 BRICSは相互に国の性格がかなり異なっており、それらが多極型の覇権を構成できるはずがないと軽視されてきたが、この10年を振り返ると、BRICSが着実に米国覇権に取って代わりうるシステムになりつつあることが感じられる。 (The Brics bank is a glimpse of the future)

 ロシアがBRICSを新世界秩序として育てていることは、米国の同盟諸国からも注目されている。トルコは、自国を中東の覇権国に仕立てることを目標に(プーチンを真似て)首相から大統領に横滑りに当選して長期政権作りに成功しつつあるエルドアン大統領が、最近ロシアに急接近し、BRICSに加盟することも視野に入れている。トルコは中東で唯一のNATO加盟国で、米国の同盟国であるが、シリアのアサド政権を倒そうとする米国の戦略に協力して失敗した後、米国を見限ってロシアやBRICSに接近している。トルコは、ロシアとの貿易にルーブルやリラを使う非ドル化策を決め、ロシア中心のユーラシア経済同盟の諸国と貿易関係を強化しているほか、ロシアやイランの石油ガスを欧州に運ぶパイプラインを作ろうとしている。 (Turkey's Erdogan comes closer to Russia)

 サウジアラビアは米国べったりだが、サウジもトルコ同様、ロシアが提案する非米的な経済関係に関心を示している。サウジはロシアなどBRICS諸国と話し合い、BRICSへの石油輸出をドルでなく人民元など各国通貨で行う計画を進めている。1971年の米政府の金ドル交換停止(ニクソンショック)後、潰れかけたドルの覇権を維持した大黒柱の一つは、産油国の盟主であるサウジが石油輸出をドル建てのみで行う「ペトロダラーシステム」だった。サウジがBRICSへの石油販売を各国通貨で決済する非ドル化は、ペトロダラーシステムの終焉を意味する。 ("The Worm Is Turning" on the dollar)

 ドルは今、米連銀など金融界による、自己回転的な債券金融バブルの膨張策によって延命している。ペトロダラーシステムが崩れ、ドルに対する国際信用が失われても、すぐにドルや米国債の価値が下落するわけでない。しかしいったんバブルが崩壊すると、基軸通貨としてのドルが国際的に見放される傾向が急速に増し、ドルの覇権の再生が難しくなる。先日、パリでサウジの王子が乗った自動車が数人の武装勢力に襲撃され「重要文書」が盗まれた事件があったが、その重要文書は、ロシアとサウジが石油決済の非ドル化について話し合った時のメモだったという無根拠な指摘がある。スパイ小説のような話だ。 (Jim WIllie: Saudi's are on the verge of joining Russia in non-dollar Oil sales)

 中国とロシアは、ロシアの東シベリアの石油ガス田を開発し、世界最長級のパイプラインで中国に石油ガスを送るための工事を最近開始した。この石油ガスは30年契約で、代金は人民元で決済される。これでロシアは欧州に石油ガスを売らなくても、中国に売るのでかまわない、ロシアの勝ちだと指摘されている。 (What It's All About: Russia, China Begin Construction Of World's Largest Gas Pipeline)

 実際のところ、この話はそんなに単純でない。中露は長いこと石油ガスの価格交渉でもめていた。今春、米国が政権転覆をそそのかしてウクライナ危機が起こり、米欧とロシアが対立した後、プーチンが中国に行き、中国の言い値(千立方mあたり350ドル)でガスを売ることを決めた。その価格は、ロシアが欧州(リトアニア)に売っている価格より42%も安い。プーチンは儲けよりも、中国と結束することで米欧に対抗する政治的策略を優先し、中国に対して大幅値引きした。このことは同時に、中国にガスを売ってもロシアはあまり儲からないことを意味している。欧州に売る方がずっと儲かる。 (Call Putin's bluff - he will not cut off Europe's gas) (◆プーチンに押しかけられて多極化に動く中国)

 これを見て欧米勢は「結局ロシアは欧州にガスを売らざるを得ないのだ」と豪語している。しかし長期的に見て、アジアでロシアのガスを買うのは中国だけでない。韓国や日本、インドなどもいずれロシアの顧客になる。石油ガスをめぐる長期戦では、欧州よりロシアの方が優勢だ。

 ウクライナ危機をめぐっては、軍事的に新たな動きが起きている。それについては次回に書く。





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