自衛隊が米軍のパーツであることを暴露された


自衛隊は日本を守るというより米軍のパーツ


田中良紹 | ジャーナリスト
2015年8月12日 より転載

フーテン老人世直し録(167)

葉月某日

お盆休みが始まる前の参議院安保特別委員会で自衛隊の内部文書が暴露された。自衛隊は国会審議が始まる前から安保法案の成立を前提に、南シナ海での監視活動や南スーダンに派遣しているPKO部隊の駆けつけ警護などを検討している事が明らかになった。

資料を暴露した共産党の小池晃参議院議員は「戦前の軍部の独走と同じ」と批判したが、フーテンは「軍部の独走」というより米軍に育てられた自衛隊の素顔がスッピンのまま表に出たと思った。自衛隊は日本を守る組織というより米軍のパーツ(部品)なのである。

小池議員が暴露したのは、陸海空の各自衛隊を束ねる統合幕僚監部が作成した内部文書で、4月末に改定された日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を受けて5月に作成されたと見られる。内容はガイドラインと安保法案によって自衛隊の今後の活動がどうなるかを示している。

問題は、米国とのガイドラインが改定され、しかし集団的自衛権を含む安保法案がまだ国会で審議されてもいないのに、安保法案成立を前提に自衛隊が動き出した事実である。つまり米国は尊重するが国権の最高機関たる国会をまるで無視した自衛隊の姿である。

自衛隊は誰から給与をもらっているのか、誰から装備を与えてもらっているのか、自衛隊は誰のために働く事を義務付けられているのか、それを考えてみれば良い。自衛隊をスタート時から訓練してきたのは米軍だが、この肝心な点を米軍は教えていない。

もし米軍が米国議会を無視するような振る舞いをしたらただでは済まされない。議会は報復として軍の予算を一切認めない措置を取るだろうとフーテンは思う。米国議会を見ていると軍人の対応には決まりごとがある。議会に呼ばれた軍人は発言の冒頭に必ず全員が予算を付けてくれた議会に感謝の言葉を述べるのだ。

軍の最高指揮官は大統領だが、軍が最も従わなければならない相手は、国民の代表が集まる議会である事を思い知らせるような決まりごとである。フーテンはそれを見てこれこそが「シビリアン・コントロール」だと思った。大統領に武力行使の権限を与えるのも議会である。最高指揮官と言っても大統領が勝手に戦争を始める訳にはいかない。それが民主主義国家の軍隊と戦争なのだ。

自分の国内では民主主義の原理に忠実な米軍も他国に対してはまるで異なる対応を採る。圧倒的に米国の利益追求が第一で、他の国の民主主義がどうなるかなどお構いなしである。おそらく彼らは米国のために民主主義が損なわれれば、それはその国の自己責任と考えるのだろう。

その国が本気で民主主義を大事と思うなら米国に対抗すれば良い。そうなれば米国の利益と衝突する。衝突が起これば米国はまずは自国の利益を優先する。しかし本気度の強さを認めざるを得なくなれば折り合う姿勢に転ずる。米国は唯々諾々と従う相手より向かってくる相手が好きである。しかし簡単には認めない。本気度の強さを試すのである。

従って自衛隊が国会を無視しても米国の利益になるのならそれで良いと考える。むしろ訓練の面倒を見て育ててきた自衛隊を通して日本の国の仕組みを米国の利益になるように変える事を考える。今回暴露された文書にも「軍軍間の調整の強化」が主要な検討課題として強調されている。日本政府や日本の政党が気づかないうちに米軍と自衛隊が現場で決めてしまい、日本の安全保障政策を主導する形にしたいという事だ。

米国は国務省と外務省、国防総省と防衛省という官僚間で何かを決める前に、訓練の現場で一緒にいる米軍と自衛隊の間で方向性を同じにし、現場で一致した方向を上に上げる形で安全保障政策を主導してきたとフーテンは見ている。

かつて親しくしていた外務官僚が自分や防衛官僚に入ってこない米国情報を現場の自衛隊だけが知っていると言って嘆いていた事がある。しかもその情報を自衛隊は自分たちだけで秘匿しているという。彼はその結果を怖れていた。

官僚が知らないという事は当然ながら政治家は知らない。日本の政治家をコントロールする方法として軍と軍の共同訓練が利用されているかもしれないのである。その現場で決まったレールの上を政治家は走らされているだけの可能性がある。その方向が今回のガイドライン改定と安保法案の成立によって強まっていく。内部文書の暴露はその一端を明るみに出した。

お盆休みに入る前の安保特別委員会ではほかにも注目すべき質疑があった。民主党の大塚耕平参議院議員は昨年7月の集団的自衛権容認の閣議決定以来、防衛白書の英語訳が変わったと言う。前年までと日本語は同じなのに英語の表現を変えているため、日本人と外国人の受け取り方が違ってくるというのである。

例えば日本人には「限定的な集団的自衛権」と受け取れる箇所が外国人には「フルスペックの集団的自衛権」と読み取られてしまうと言う。安倍総理はこれまでも「歴史認識問題」で日本語と英語の表現を変えて外国の批判をかわそうとしてきたが、それが日本の安全保障政策についても行われているというのだ。これも由々しき問題である。

来週から参議院安保特別委員会の審議は再開される見通しだが、まるで国会を無視した自衛隊の内部文書を「良識の府」を自認する参議院がどう扱うのか、またそもそも自衛隊とはいかなる組織なのかを根本から考える事も必要である。

フーテンは日本の国土と国民を守る「自衛隊」というより、誕生のいきさつから訓練のされ方まで「第二米軍」か「米軍のパーツ」と見てきた。元自民党国防族の重鎮である山崎拓氏は集団的自衛権の行使容認で自衛隊は「世界の警察官」を自認してきた米軍の「警察犬」になってしまうと嘆いた。これからはそうした議論も必要になる。
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